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「白い帽子をかぶった自画像」

オーギュスト・ルノワール (1910年)

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  画面全体を包む光は夕陽なのでしょうか。慎ましく穏やかな老人は、お気に入りの白い帽子をかぶり、少しだけ眩しげな表情で、時の移ろいを見つめているようです。彼は、大切な何かを思い出そうとしているのかも知れませんし、そのきっかけは、もしかすると彼の目の前にあるのかも知れません。しかし、老人はそこにすぐに到達することを急ぐ様子もなく、ただこの時を味わい、そこに在ることに安らいでいるようです。

 美しいプロヴァンスに魅せられたルノワールは、この頃にはもう、その地に建てたコレット荘を主な住まいとし、リューマチのためにすでに自由のきかなくなった身体を、穏やかな南仏の気候のなかに置いて生活していました。
 彼の名は世界中に知られるようになり、その絵にも高い値がつき、物質的な意味では非常に安定していたと思われます。しかし、ルノワールの生活はそれまでと変わることなく、質素で禁欲的で静かなものだったといいます。そして、この静謐と表現してもいいような美しい横顔です。この自画像を見るたび、ルノワールは生涯、その生き方を変えることのなかった人だったことを実感します。若い頃から晩年まで、彼はずっとルノワールだったのです。アポリネールが、「ルノワールの絵は、一番新しい絵が常に一番美しい。一番みずみずしい」と称賛していますが、まさにルノワールは絶えず試み、実践し、向上し続けた画家だったのです。

 しかし、この自画像が完成したころ、絵筆を持つためのその手は持病のために大きく変形し、ルノワールを苦しめていました。訪れた人々は皆いちように、その手にハッとさせられたといいます。しかし、すぐに彼の明るい栗色の瞳、刺すような強い視線、そして人なつこい、ちょっと茶目っ気のこのもった笑顔に、たちまち魅了されたのです。思うように描けなくなったことに、ルノワールは苛立つこともあったかも知れません。しかし彼の中にある美しいものへの子供のように無邪気な興味は、ほんのわずかも衰えることはなかったという気がします。

 ルノワールは晩年、画家アルベール・アンドレに向かって、手足がきかなくなった今になって大作を描きたいと思うようになった、と語ったといいます。そして、ヴェロネーゼの『カナの婚礼』のような作品を夢見ている。今になって、なんてこった!…と独白しているのです。
 そんな激しい情熱を内に秘めた、この美しい自画像です。老人の表情には一片の奢りも、傲慢も、諦めもありません。ただひたすらな、ルノワールの人生そのものが輝いているのです。画面の内側から無限に広がる透明で暖かい光に、私たちもまた不思議なほどに浄化されていくようです。

★★★★★★★
個人蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎自画像は語る
        粟津則雄著  新潮社 (1993-01-25出版)
  ◎ルノワール
        ウォルター・パッチ著  美術出版社 (1991-02-10出版)
  ◎ルノワール―その芸術と生涯
        F・フォスカ著  美術公論社 (1986-09-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
         諸川春樹監修   美術出版社 (1997-05-20出版)  



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