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「家が燃える(飛ぶ車)」

マルク・シャガール (1881年)

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 鮮やかな赤と黄色は炎を表現しています。
 バケツを持って走り寄る人、あまりの驚きのためかスカートが途中から消えてしまっている女性、そしてなぜか馬車に乗って飛び立とうとしている人もいます。火事のために起こった混乱の様子が、シャガールの心の目を通して描かれています。

 彼は『わが生涯』という自伝の中で、
「ちょうどわたしが生まれた時、ヴィテブスクの近くの、刑務所の裏の道ばたにある小さな家に火事が起きた。・・・町は炎に包まれ、貧しいユダヤ人街が燃えた」
と書いています。
 おそらく、この回想を作品にしたものだと思われますが、シャガール自身が生まれたときのことですから、当然記憶に残った光景ではないわけです。
 しかし、深紅から赤、オレンジを経て黄色になる暖色の変化が、燃え上がる炎の感じをリアルに、また美しく表現しています。現実には憶えていない、別の次元の現実を、観念的にではなく具体的に表現できる、シャガールらしい作品と言えると思います。

 火事じたいはたいへん不幸な事件でしたが、ここには悲惨さがありません。むしろ、故郷ヴィテブスクの思い出と自分自身の誕生の歓びが赤と黄の炎に照らし出され、輝く光のように作用しています。シャガールは、色彩の交響曲とでも言うべきものによって、この不幸な事件までも祝祭的な空間へ押し上げ、至福の歓びにまで高めてしまっているようです。
 副題にもある「飛ぶ車」の人物もまた、炎から逃れているというよりも、生きてゆくことの歓びを歌って飛び立とうとしているかのようです。シャガールは自由に描くことによって、故郷を見いだしていきました。パリで獲得した自由は、彼に、実際に存在する故郷ヴィテブスクの姿形だけでなく、自己の奥深いところから引き出した、明るい色彩と明晰なイメージの故郷そのものを描かせることとなったのです。

 彼の理想郷としての原風景、物理的な意味でなく、表現のうえでの普遍的な故郷は、シャガールの想像力に具体的展開の力を与えていたのだと思います。

★★★★★★★
ニューヨーク、グッゲンハイム美術館蔵



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