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「受胎告知」

レオナルド・ダ・ヴィンチ (1474年ころ)

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 百合の花を携えた大天使ガブリエルは、まっすぐに聖母の前に進み出て神のお告げを伝えます。
「あなたは身ごもって男の子を産むでしょう。その子をイエスと名づけなさい」。
キリストの托身は、この瞬間に行われました。

 この余りにも有名な場面を、どれだけ多くの画家が描いてきたことでしょうか。しかし、ここに描かれた受胎告知には、他の作品とは明らかに違う、とてつもない緊張感がみなぎっています。
 右手をかざし、じっとマリアを見つめる大天使、そして、すでに光輪を持ち、微動だにしない仏像のような姿で、射るようなガブリエルの視線を受けとめるマリアの間には、尋常ならざる雰囲気が漂います。まさにマリアは、大天使の言葉を受けて立ったのです。マリアの堂々と威厳に満ちた態度は、すでに市井の慎ましい乙女のものではなく、二人の間にピンと張った緊張の糸は、絶妙の間隔を保って完結しているのです。
 この作品は、レオナルドのごく初期の、しかし貴重な一作です。史料が残されていないので詳しいことは分かっていませんが、その質の高さ、そしてやや残る硬さから、フィレンツェの画家組合に独立した画家として登録された直後に描かれたものではないかといわれています。身振りの優美さや衣装の繊細なひだ、そして確かな構図に師ヴェロッキオの影響が色濃く読み取れることからも、それは明らかと思われます。当時のフィレンツェでは、ボッティチェリの人気が高かったため、レオナルドとしてもフィレンツェ美術の主流を十分に意識する必要があったかもしれません。
 しかし、遠景中央部に目をやると、そこには「モナ・リザ」の背景を彷彿とさせる、霧がかかったような、どこか異世界的な情景を見ることができます。それに気づくと、私たちの目はテーマを離れ、遠くの、どこか知らない土地、レオナルド・ワールドへ引き寄せられてしまいます。そこには、すでにレオナルドがこれから向かおうとする方向が指し示されているかのようです。

 ところが、ふと誰もが不思議に思うのが、ほとんど遠近法を無視して描かれたとしか思えない書見台、そしてポライウォーロが好んで描いたような樹木の姿かもしれません。そこには、15世紀における理想的な庭園風景の表現があり、レオナルドが古い様式に彼なりの愛着を持っていたことがうかがえるのです。
 さらに、息をのむのは、みごとな花のカーペットでしょう。生きとし生けるものすべてに興味を持ち、愛情を注いだレオナルドの描く花は、細部にまで細やかなこだわりが表現され、画家の手が一つ一つを愛でるように描いているのが感じられます。そして、大天使の翼は、まさに鳥の羽そのものであり、大空を飛翔するにふさわしく造形されているのです。当時20歳を少し過ぎたばかりのレオナルドの、みずみずしい夢や希望がここに確かに凝縮されていると思えてなりません。

 余りにもたくさんの要素を抱え込んだこの作品は、若き日のレオナルドのあふれるような情熱までも内包して、美しく端然と、そして侵しがたい緊張感とともに今もなお、私たちを魅了し続けているのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎天使たちのルネサンス
       佐々木英也著  日本放送出版協会 (2000-01-20出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)



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