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「最後の晩餐」

レオナルド・ダ・ヴィンチ (1495-98年ころ)

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 救世主キリストは、宿命的な一言、
「汝らのうちの一人われを売らん」
と告げ、弟子たちはいっせいに動揺し、
「主よ、われなるか」
と、各々の表情で語りかけます。
 この一瞬を、どんなに多くの画家が描いてきたことでしょうか。しかし、この作品を、心理劇の特別な一瞬と見て終わらせてしまうのでは、少しもったいない気がします。この絵には、ダ・ヴィンチの深い意図が隠されています。彼の心は聖書の物語をそのままうつした世界をはるかに超えて、高く深く、この場のすべてを包含していくのです。

 彼はこの作品を描く際、それまでの多くの画家がそうしたように、まず建物があって、その中に人物を描く…という方法をとりませんでした。ダ・ヴィンチはまず、人物の群像の構成から始めたのです。ですから、建物は飽くまでもその助演者でした。そうすることによって、圧迫感のない、はるかな奥行きとゆとりを感じさせる空間を作り上げたのです。この均斉のとれた安定感は、彼以外のどんな画家にも達成することのできないものでした。
 そして、室内を見渡す私たちが中心と感じるのはキリストの頭の後ろ、中央の消失点です。それは正確に画面の中心にあり、中央の窓の上に突き出たペディメントは、ちょうど建築を借りた光輪の働きをし、ここに座するキリストを象徴的に示しています。この空間の効果がいかに生きたものであるかは、画面の上部三分の一を覆ってみると明らかになります。上部三分の一を失ったとき、画面の中の聖なるキリストの姿は印象の薄いものとなり、使徒たちの劇的な動きも単にバラバラと統一感、明確さを欠くものとなってしまうでしょう。静穏なキリストの三角形の姿を、肉体と精神の焦点として完成させるには、この深い構図、奥行きがぜひとも必要だったのです。

 ところで、ダ・ヴィンチは12人の使徒を3人ずつ4つのグループに分けています。しかし、私たちは、その構成があまりにも巧妙なために、彼がその間隔を思いどおりに取って配置したことに殆ど気づきません。また、使徒たちがテーブルの一方に、あまりにも密に集まる構成にしたため、全員がそろって座するかたちで描くのは、もともと不可能だったでしょう。ダ・ヴィンチは、初期の準備用の素描では、ユダだけを他の使徒から離して、テーブルのこちら側に置く考えも持っていたようです。しかし、それはあまりにもあからさまと思ったのか、この案は退けられました。そのため、一方に、これだけの人間が集まり、それぞれの個性と救世主への関係をドラマチックに表現する画面となったわけです。

 『最後の晩餐』は、ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラーツィエ教会の修道院の食堂に描かれました。これは、食堂にはまさにぴったりの主題であり、しばしばとり上げられています。ダ・ヴィンチは、1495-98年の三年間をこの仕事に費やしました。昔からの壁画の手法はフレスコが普通でしたが、彼はこの伝統的な技法に拘束されることを嫌いました。そのため、もっと融通のきく、普通は木のパネルに使う絵の具を使用したのです。しかし、この方法は不安定でした。絵はすぐに壁から剥がれ落ち出したのです。彼の生存中から傷み出していましたが、ダ・ヴィンチが死んでおよそ50年後にヴァザーリは、
「あまりに保存状態が悪かったため、ただ壊滅的な斑だけしか見ることができない」
と表現したほどでした。
 その後、数知れぬほど多くの修復や保存が試みられましたが、その試みは逆に絵を傷めることもありました。そして、ときには切手ほどの大きさの部分に一日を費やし、5世紀にわたる汚れ、かび、そして上塗りをきれいに取り去る作業は1999年5月に終了したのです。しかし、やはりダ・ヴィンチの手による絵の具は非常に薄く、ほとんど残っていないといってもよいほどだったのです。

 ところで、修道院長は、描きかけの絵を前にして、半日も物思いにふけって過ごすダ・ヴィンチに戸惑っていました。しかし、彼がそのことを咎めようとすると、ダ・ヴィンチは、
「天才というものは、ときには全然働いていないときに、最も多くのことを成し遂げるものだ。というのも、そのときに素晴らしい思いつきが浮かび、それを自らの手で表現する完璧な案を頭の中に形づくっているのだから」
と言ったといいます。
 ダ・ヴィンチの作品が未完であることが多いのも、頭のなかですでに完成させてしまったものを、わざわざもう一度やり直すことに興味が向かなかったからなのかも知れません。

★★★★★★★
ミラノ、 サンタ・マリーア・デレ・グラーツィエ聖堂 蔵



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