• ごあいさつ
  • What's New
  • 私の好きな絵
  • 私の好きな美術館
  • 全国の美術館への旅

「デルフト眺望」

ヤン・フェルメール(1659-70年)

ジャンプ

ここをクリックすると、作品のある
「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 マルセル・プルーストが「世界で最も美しい絵画」と称え、その著書『失われた時を求めて』第5篇の中で、瀕死の文学者ベルゴットに「黄色い小さな壁」と語らせた、あまりにも有名な風景画です。
 暗い雲と明るい雲が層となった小都市デルフトの河沿いを描いたこの作品は、フェルメール絵画の中では98×137.5cmと極めて大きく、水平方向に広がる景観が穏やかに描き出されています。

 これは、美しく遙かな空とゆらめく水の間に静かに佇む、画家が生きた街デルフトの肖像画と言っていいのだと思います。夏の早朝、家々の屋根にも川面にも、陽の光がキラキラと輝き始め、街は目を覚まし、活動を始めようとしています。でも、その少し前の一瞬、まるで聖母の微笑みのような時間があることに、どれほどの人が気づいているでしょうか。画家として順調に歩み始めたフェルメールは、そんな素晴らしい一瞬を、350年前、この同じ場所で目撃していたのです。
 スヒー川越しに眺めたデルフトの南側には、スヒーダム門とロッテルダム門の二つの市門が、運河の入り口を挟んで立っています。後方には赤い屋根が連なり、向かって右側に新教会、左側奥に旧教会の塔も見えます。さらに、その新教会の塔の右側でひときわ明るく輝くのが、『失われた時を求めて』の中で絶賛された「黄色い壁」であろうと言われています。そして、近くに停泊する船には無数の光の粒が踊り、その効果は刻々と変わる太陽の動きを実感させてくれているようです。
 計算された筆触がそこここに残され、細部まで緻密に描かれたあたりは画家フェルメールの力量であり、カメラを思わせる眼差しとともに、ここには現実の瞬間が描かれています。しかし、この作品に、心をシン…..とさせるような「永遠」を感じてしまうのは何故なのでしょうか。それは、極端なアクセントのない、不思議に水平方向に引き延ばされた画面のせいかもしれません。私たちの視線は絵の中のあらゆる箇所に同等に惹きつけられ、そこに流れる同じ時間を感じ取ります。この穏やかなリズムが、見る者に共通した懐かしさを与えているような気がします。そして、それが画家フェルメールによる、愛するデルフトへのオマージュにほかならない形なのかもしれません。

 ところで、物語画から風俗画家として人物を主体に描いてきたフェルメールが、なぜこの時期、「小路」とこの「デルフト眺望」という二つの風景画を続けて描いたのかについては、流行し始めた「都市景観画」への興味が挙げらています。確かに、探求心旺盛なフェルメールだからこそ、それは十分に納得できます。
 しかし一方、1652年にアムステルダムの旧市庁舎が焼け落ち、54年には火薬庫の大爆発という事故が重なり、古きよきデルフトの風景が一挙に失われてしまったという事情もありました。まだまだ、そのひととなりには謎も多いフェルメールですが、もしかすると、その喪失感を埋めるように、故郷を抱きしめるような思いで、この「世界で最も美しい」風景画を描かずにはいられなかったのかもしれません。岸辺に点々とたたずむ人々が画面に動きと温かさを与え、単なる風景画を超えた画家のメッセージまで伝わってくるようです。

★★★★★★★
ハーグ、 マウリッツハイス美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎フェルメール―大いなる世界は小さき室内に宿る
       小林頼子編著  六耀社 (2000-04-19出版)
  ◎フェルメールの世界―17世紀オランダ風俗画家の軌跡
       小林頼子著  日本放送出版協会 (1999-10-30出版)
  ◎フェルメール
       黒江光彦著  新潮美術文庫13 (1994-09-10出版)
  ◎芸術新潮 特集フェルメール ―あるオランダ画家の真実―
       小林頼子解説  新潮社 (2000年5月号)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)

 



page top