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「シテール島への船出」

ジャン・アントワーヌ・バトー (1717年)

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 典雅な装いをこらした八組の男女が、右端に立つヴィーナスの像の下から左に繋留された船へと、ゆるやかな動きで展開されています。
 この雅びで美しく夢のような作品は、ヴァトーが1717年に王立美術院へ提出した、「雅やかな宴」を主題とした名作です。ティッツィアーノの豊麗さ、リューベンスのみごとな色彩を、ヴァトーは彼独自の世界観のなかで上手にとりこんでいるようです。

 「この絵は船出ではなく、離島である」
というマイケル・リヴィの新説どおり、ヴィーナスの島へ巡礼に来た男女は皆、すでに伴侶を得て幸せそうです。
 しかし、ロダンは、これは一組の男女を八回に描き分け、右から左へとしだいに二人の愛が高まっていく様子が描かれているのだと分析しています。たしかに見ようによっては異時同図的な表現とも見え、当時流行のテーマをここに映像化させていると言えるのかも知れません。ヴィーナス像、舟と漕ぎ手、高い山々とキューピッドという神話的枠組みの中に繰り広げられる、流れるようなリズムのなかでさまざまなポーズをとる八組の恋人たちの光景は、この時代の恋愛への想像力の最も美しい表現方法ではないでしょうか。
 この作品の真のテーマは、実はそうした愛の高まりを統べる時間そのものであり、人生のもっとも美しい時間もやがて過ぎ去ってしまうことへの郷愁めいた感情だったかも知れません。

 今日、ヴァトーが18世紀を代表する、もっともフランス的なやさしい魅力、詩情に富む画家と目されるのも、こうした「雅やかな宴」の主題を扱った名作が多いためだと思われます。宗教上の祭り、公共的な祝祭は今までにもいくらでもありましたが、ヴァトーの描く「宴」は宗教的でも公共的でもなく、演劇的で、そして私的です。そのあたりが、決定的に人々の心を魅了してやまないのではないでしょうか。
 また、ヴァトーの「宴」には、愛を歌い語るような独特の甘い雰囲気があります。いかにも王朝的で貴族的な恋愛…それは上流階級の一種の遊戯を思わせるもので、そういう意味でも「雅やかな」宴の形容詞がぴったりくるのです。

 今日、ヴァトーはフランスを代表する画家として押しも押されもせぬ存在ですが、18世紀の存命中には決してそのようには見なされていませんでした。むしろ、世間一般の評価も必ずしも高くなく、明らかにその芸術を軽蔑していた人たちも多かったようです。18世紀を代表する偉大な画家としての評価が定まるのは死後100年以上も経ってからであり、サン・サテュルナン教会の中庭に彼の胸像が立てられたのは1865年になってからだったのです。

★★★★★★★
パリ、 ルーブル美術館蔵



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