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「聖マルガリタ」

フランシスコ・デ・スルバラン (1635-40年)

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 暗いバックから浮かび上がるように立つ穏やかな表情のこの女性は、伝説上の聖女 アンティオキアのマルガリタです。彼女は、プッサンやジュリオ・ロマーノなど、たくさんの画家によって描かれていますが、たいていは、どことなく神話の中の登場人物のように描かれることが多く、このスルバランのような親しみやすい表現は、比較的珍しいかも知れません。彼は、聖女マルガリタを、スペインの女羊飼いの服装で描いています。スルバランの興味は、聖なる人を描くことよりも、彼女の庶民的な衣装や手提げ袋の温かい質感にこそあったように見受けられます。

 伝説によれば、アンティオキアの長官がマルガリタを見そめ、結婚を望んだところ、マルガリタは生涯をキリストに捧げることを宣して結婚を拒絶したと言われています。そのために彼女は、残忍な拷問に遭い、土牢に投げ込まれました。そこではサタンが竜に身を変じて現れ、マルガリタを呑み込んでしまうのですが、彼女は手に持った十字架で竜の腹を切り裂き、無傷で逃れることができたのです。最後にはとうとう斬首されてしまうのですが、その前に彼女は、竜の腹からとび出した自らの経験から、妊婦が無事な出産を遂げられるようにと祈ったといいます。こうしてマルガリタは、出産の守護聖女として、妊婦から絶大な信仰を受けたのです。
 ところで、聖マルガリタを描く際の約束ごととして、彼女を呑み込んだとされる竜が描き込まれることが普通です。この作品でも、彼女の背後で怒号する竜が口をあけているのがわかります。しかし、その竜もどこか置き物のような風情で、暗いバックに半ば溶け込んでいます。これでは、とても土牢の中で危難に遭う乙女のようには見えない、平和で静かな肖像画のような作品となっています。

 スルバランは「スペインのカラヴァッジオ」と呼ばれた画家です。それほどに、17世紀当初のセビリア派は黒灰調を主とする明暗の鋭い対比をもって光線描写の統一をはかっています。スルバランは、その黒と白の世界に自然を求め、その中に神を見出そうとするかのように、清浄な作品を描き続けました。生涯にわたって、主にアンダルシアの教会と修道院のために宗教画を制作した彼の画風は、常に厳粛で静謐で、そしてスルバランそのものを感じさせるものでした。この羊飼いの姿をした少女もまた、少し首を傾けてこちらを見る、いつものスルバランらしい、優しい、清らかな世界の聖女なのです。  

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナルギャラリー 蔵



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