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「聖アポロニア」

フランシスコ・デ・スルバラン (1636年)

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 キリスト教殉教者の持ち物である棕櫚の葉を左手に持って、やさしく微笑む少女….しかし、さらによく見たとき、彼女がどうやら工具のヤットコを右手に持っているらしいのを発見して、ちょっとびっくりしてしまいます。じつは、この少女はアレクサンドリアのキリスト教の聖女 アポロニアなのです。

 北アフリカのアレクサンドリア出身の彼女は、異教の神々に犠牲を捧げることを拒み、そのうえ、その神々の像を破壊してしまったため、捕らえられ、歯を抜かれてしまいます。そして火刑を前に、キリスト教の信仰を捨てるよう強要されましたが、彼女は静かに短く祈りの言葉を口にし、自ら燃えさかる炎の中に入っていったといいます。
 そんな殉教聖女の物語ではありますが、殉教の際に歯を抜かれた…というのは大変めずらしく、おそらく彼女くらいのものではないでしょうか。そのようなわけで、この抜歯のシーンばかりが強調され、板や柱に縛り付けられて歯を抜かれている姿で描かれることも多く、なんとも痛々しい印象の残る作品になってしまうことも多いのです。
 しかし、スルバランの描くアポロニアは、ごくごく静かにおとなしく、でも、手にしたヤットコの先にはしっかりと歯が挟まれた状態で描かれています。ですから、この姿を見て、これがアポロニアであることが判明するのです。そんなわけで、アポロニアは歯医者の守護聖女とされており、歯痛に悩む人々の祈りの対象にもなっているのです。

 スルバランは、15歳で画家を志し、修行時代を経て、強烈な明暗法と透徹した写実描写、そしてどこか武骨な感じのする人体表現で、実に彼独特の静謐な世界を構築した画家です。やがて、30代の半ばには、セビーリャ美術界の第一人者となりますが、そこへ若きムリーリョの台頭があり、その地位は脅かされるようになります。「スペインのカラヴァッジオ」よりも、人々は「スペインのラファエロ」の持つ感傷的で親しみのある流麗さを愛するようになったのかも知れません。
 やがて、50代になろうとするころ、流行したペストによって大切な跡継ぎだった息子のフアンを喪ってからは、完璧にムリーリョに圧倒されたかたちとなってしまいます。晩年は、旧友でもあったベラスケスを頼ってマドリードに移りますが、失意のうちに客死することとなります。
 しかし、彼の持つ明暗の鋭い対比と、そのうちにきらめく清浄さと厳粛な画風は、決して人に媚びるものでない清やかさを秘めています。敬けんな感情あふれるスルバランの宗教画は、おそらく画家の人柄を示したものに違いなく、やがてラテンアメリカに送られた彼の作品たちは、植民地の画家たちに多大な影響を与えるようになるのです。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵



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