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「聖アグネスと聖マルティナのいる聖母子」

エル・グレコ (1597-99年)

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 この作品は、トレドのサン・ホセ礼拝堂を飾る祭壇画で、その南祭壇を飾っていたものです。
 上方で、若く美しいマリアに抱かれて幼いイエスが王座を占め、天使たちに賛美されています。両手を合わせたり、胸に手を当てたりしながら優雅な聖母子を見守る天使たちの、ふくよかな、まだあどけなさの残る可愛らしさは、神秘的と言うよりも親しみやすさを感じさせてくれます。
 また、下方には、人間と神の執りなし役である二人の殉教聖女が聖母子を礼拝しています。子羊を抱いて右手を胸に置き、伏し目がちな美しい横顔を見せているのが、ディオクレティアヌス帝下のローマで殉教した聖アグネスだと言われています。髪を覆う透き通ったヴェールが清らかで、繊細なタッチで描かれ、その指先にまで神経が行き届いているのがよくわかります。彼女は、キリストの花嫁として純潔を貫き、裸にされるとたちまち髪が伸びて、全身を覆ったと言われています。
 もう一人、左側の女性は棕櫚の葉を持ち、ドメニコス・テオトコプーロスというギリシャ語の頭文字二字を頭部に書き込んだライオンを従えています。そのため、彼女は最初のキリスト教殉教者、聖女テクラであるとも、また、異教徒の犠牲となるのを拒んだ3世紀ローマの殉教者、聖女マルティナであるとも言われており、いずれにしても聖処女の王妃、聖母マリアを称える純潔の聖女として登場しています。
 聖アグネスのしとやかな美しさに比べ、聖母子を見上げてキラキラと瞳を輝かせる聖マルティナの明るく闊達な美しさも親しみやすく印象的で、グレコは師であるティツィアーノから、その色彩の美しさとともに、独特な空間構成をもしっかりと学んだのだとわかります。

 グレコは、ここに宗教世界を描こうとしたのではなく、自らが美しいと感じるものを思う存分描き、現実とはかけ離れた彼独特の美学を打ち立てようとしたように感じられます。
 グレコの美学の一番の特徴といえば、まず、その十等身といわれるプロポーションが挙げられると思います。細い骨格、引き締まった筋肉、ホントに小さな細長い顔・・・。こんな人間、いないよ・・・と思われるのに、なぜかグレコの描く人物は、みな美しく、気品に満ちています。
 これは、彼が生まれたギリシャのクレタ島に深く関係しているのかも知れません。クレタ島では、イコンが拝まれていました。イコンの立像は十等身か、それ以上のものばかりで、ゆるやかで長い衣をまとい、あくまでも気高く美しいからです。その威厳は、どこか肉感的ということとは無縁な、エル・グレコの描く人物たちに通じるものがあります。
 彼が宗教画を描く際に、人物を、画面を引き伸ばし、十等身にしてしまうのには、このクレタ島のイコンの美しさがグレコの内部に住み続けたことが大きく影響しているからなのではないでしょうか。

★★★★★★★
ワシントン、ナショナルギャラリー蔵



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