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「洗礼者ヨハネの斬首」

ミケランジェロ・カラヴァッジオ (1608年)

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 キリストの先駆者、または使者とされる洗礼者ヨハネは、聖母マリアの血縁にあたるエリサベツと、エルサレムにある主の宮の祭司ザカリアの間に生まれた、まさに運命の子でした。
 説教師であった彼は荒野で禁欲生活を送り、ヨルダン川の水で人々にバプテスマ(洗礼)を施したことで知られています。キリストの洗礼の際には、鳩の姿をした聖霊が天から舞い降りたと伝えられています。
 ところが、領主ヘロデ・アンテパスを叱責したことから獄につながれ、ヘロデ王の継女サロメの無分別な望みによって、処刑されてしまうのです。

 今まさに、牢獄の庭で、剣を手にした刑吏によって地面に押しつけられたヨハネに、最初の一撃が加えられたところです。後ろ手に縛られ、身動きのとれないヨハネは、すでに息絶えているのかもしれません。
 サロメが所望したのは、洗礼者ヨハネの生首でした。刑吏は首を斬り落とすため、剣を小刀に持ち替えています。その前で、召使いらしき少女が赤銅色の盆を差し出して、首を載せる準備をしています。牢の番人がその盆を指さし、老女があまりにむごい場面に頭を抱えています。
 これは、一瞬の出来事だったに違いありません。ヨハネは声一つ上げなかったかもしれず、刑吏も、こんな後味の悪い仕事はさっさと片付けようと、剣を振り下ろすときにさえ掛け声ひとつ掛けなかったかもしれません。作業は淡々と進められ、このあと、刑吏の手によって手際よく斬り落とされた首は盆に載せられ、召使いが重そうに、そろそろと運んでいくであろう後ろ姿までが想像できます。残酷な一瞬は、実はあまりに呆気なく終わったのかもしれないのです。

 しかし、その一瞬は、イタリア・バロックを代表する光と闇の画家カラヴァッジオ(1573-1610年)によって、まるで舞台劇の如くドラマチックに描かれました。
 登場人物のほとんどは左側に配され、右側には、暗い牢獄の壁と窓からのぞく二人の罪人の姿だけが描かれています。夜明け前に行われた残忍な処刑の救いのない印象は、この空間処理によっていっそう高められているようです。
 しかも、この作品の大きさは、たたごとではありません。361×520㎝というサイズは、カラヴァッジオ作品の中でも余りにも異例で、画家の並々ならぬ意欲を感じさせるのです。
 実は、カラヴァッジオは、1606年に賭け事上の喧嘩で人を殺してしまい、ローマから逃亡していました。まず、ナポリに赴き、続いて流れついたマルタ島でこの作品を制作したのです。ローマに帰れる日を夢見ていたこの時期、カラヴァッジオの芸術は最後の発展のときを迎えていました。
 若いころの輝かしい色彩や細部描写よりも、空間の処理に細心の注意を傾けるようになったのです。その結果、この巨大な、舞台劇のような作品が可能になったのです。

 カラヴァッジオの最高傑作と言われるこの作品には、唯一、画家の署名が入っています。それは、ヨハネの斬られた首から噴き出した血によって描かれているのです。
 このあと、さらにシチリアへ逃げ、再びナポリへ戻ったカラヴァッジオは、そこで大けがを負い、悲劇的な最期を遂げます。ヨハネの血で描かれた署名は、あまりにも暗示的なのです。

★★★★★★★
ヴァレッタ(マルタ島)、 サン・ジョヴァンニ大聖堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
      佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)  



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