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「最後の審判」

ヤン・ファン・エイク (1430年代)

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   <この祭壇画を開いたときの状態>

 この作品は、印象的な二連祭壇画の右翼部分です。左翼には、痛々しく悲しい「キリストの磔刑」が描かれています。
 「最後の審判」をテーマとした作品は、いつ見ても、どの画家のものであっても恐ろしいものです。神のなされる わざの中でも、これほど残酷なものがあるだろうか、と思わずにはいられません。キリストが再臨するとき、生者も死者も最終的な審判を受け、天国と地獄に振り分けられるという、キリスト教の教義の究極だという気がします。
 この上なく愛らしい聖母や聖女を描くファン・エイクでも、「最後の審判」ばかりはこうなるか….と、めまいを覚えるような祭壇画です。ファン・エイクがミニ・アチュール画家としても活躍していたことを如実に物語るような細密さは、それゆえに地獄世界のおどろおどろしさを強烈に印象づけます。15世紀ネーデルラント絵画史上、金字塔とも言える「ゲントの祭壇画」を制作したファン・エイクの、もう一つの顔を見るようでもあります。

 背後に十字架を背負った赤いマントのキリストが審判に現れたとき、天使たちはトランペットを吹き鳴らしました。黙示録らしい、得も言われぬ喧噪と高揚感です。その両脇には、人類救済のとりなしのために聖母と洗礼者ヨハネが跪き、白い衣装の12人の使徒たちがその下に控えます。左には聖職者たち、右には世俗の有力な候補者たちが集まり、天国と地獄を分ける場所には、きらびやかな鎧で全身を覆った大天使ミカエルが決定的なポーズで立ちはだかっています。
 ミカエルの足の下には、翼を持った巨大な骸骨が手を広げています。彼は、地獄へと真っ逆さまに転落していく不幸な魂たちを限りなく吐き出しています。彼らは、地獄の怪物たちによって永遠に貪り食われる運命にあります。そして、その中には、司祭の冠を被ったままの魂も混じっており、世俗の醜さが容赦なく描き出されているようです。
 ところで、キリストの赤い外衣をよく見ると、
「来たれ、神に祝福されし者よ」
という文字がラテン語で描き込まれているのがわかります。さらに目を凝らすと、
「我と別れ、呪われて悪魔へと逆天使が待つ永遠の業火の中へ落ちよ」
という「マルコ福音書」の一節が、大天使ミカエルの両翼の下方に描かれているのです。この緻密さと、ある種のしつこさは、まさしく北方絵画特有のものと言えるでしょう。そして、地獄の怪物たちの、恐ろしいけれどどこかユーモラスな表現もまた、北方の画家ならではの感性のような気がします。

 作者のヤン・ファン・エイク(1390頃-1441年)は、写本画家として出発しています。1422年から、ハーグの宮廷で装飾の仕事に就いたのが最も古い記録とされていますから、それ以前の活動については謎のままです。1425年からはブルゴーニュのフィリップ善良公の宮廷画家となり、絵画の仕事だけでなく、外交団にも参加して有能ぶりを示しています。そして、1432年に、兄のフーベルトが早世し、未完で残された大作「ゲント祭壇画」を引き継ぎ、完成させているのです。
 おもしろいことに、宮廷画家でありながら、ブルゴーニュ公からの直接的な注文作品は残っておらず、官僚や市民からの注文が多く現存しているのも、もしかするとファン・エイクの魅力かもしれません。教会堂の内部空間や、人物の人柄までも映し出す肖像画、金属や宝石、布地の質感までもリアルに伝える緻密な表現は、従来のヨーロッパ絵画では見られなかった高い完成度を示しているのです。画家が自由に制作できる土壌を、主君はそっと用意してくれていたのかもしれません。
 ファン・エイクが得意とした水の輝きや遠近表現といった地上世界の写実的描写は、イタリア・ルネサンスとの同時代性を感じさせます。しかし、よく考えれば、画家の作品の半分以上は、実は宗教画なのです。つまり、ファン・エイクの写実は単なる現実の再現ではなく、あくまでも深く信仰に結びついた非現実の写実だったと言えるのかもしれません。 

★★★★★★★
ニューヨーク、 メトロポリタン美術館、フレッチャー基金 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎週刊美術館 31― デューラー/ファン・エイク
        小学館 (2000-09-19発行)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版) 



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