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「使徒の足を洗うキリスト」

ティントレット (1547年)

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 210×533cmという異常に横長の画面が印象的です。新約聖書のヨハネ福音書の一場面を描いたこの作品によって、ティントレット(1518-94年)は画家としての実力を世に知らしめました。

 戸惑う弟子たちに、「もし、わたしがあなたの足を洗わないなら、あなたはわたしと何の関わり合いもなくなる」と言ってイエスが使徒の足を洗ったあとで、最後の晩餐へとつながるこの作品の舞台は、奥に流れる水路から見て、エルサレムではなくヴェネツィアなのだとわかります。
 テーブルの上にはパンが一つ、そして杯が一つ置かれています。最後の晩餐は、まだ始まっていません。そして、ちょっと眼につきにくいのですが、右の奥の階段の向こうには別室が見えます。そこでは、テーブルに向かったイエスが使徒たちを祝福しているようです。画家は、最後の晩餐の場面をここに描いているわけです。別の時間に起きた出来事を同じ画面に描くのは、しばしば用いられる手法ですが、ドラマティックな画面を得意としたティントレットだからこそ、この手法はより効果的です。
 ところで、この作品のテーマである「使徒の足を洗うキリスト」は、意外なことに、画面の右端に寄せて描かれています。イエスがペテロの足を洗っている場面ですが、当時の人々もこの構成にはちょっと驚いたようです。
 弟子の一人が水差しを差し出しています。ペテロは手を上げてイエスを見つめ、腕まくりをしたイエスはひざまずき、足を置くべき場所を示しています。
 反対側では、別の使徒が履き物を脱ごうとしています。おそらく、ペテロの次に儀式を受ける弟子なのでしょう。この人物たちとイエスが、作品の枠となっています。そして、中央に座った犬は、一見、関係のない存在のように見えますが、作品をより自然に見せるために描かれたのだろうと言われています。そして、やや右奥には、すでに儀式を終えた別の弟子が靴を履き直す様子が描かれています。
 ちょっと見たところ、テーブルについた弟子たちは、ばらばらに配置されているように見えます。しかし、彼らの視線と行動は周囲と結びつき、自然な流れを示しています。腰掛けた弟子は靴を履く弟子を見つめ、その向こうの二人は会話を交わしています。靴を脱ぐのを手伝っている様子を興味深そうに眺めている弟子もいれば、左の柱の前で祈りを捧げる者もいます。
 ティントレットは、鑑賞者自身が人物たちの動きを次々に目で追っていけるように工夫しているようです。さらに、その奥の柱の陰には12人目の弟子が隠れるように立っています。晩餐の後に、イエスを裏切ってその場を去っていったユダなのです。

 ところで、奥行きを際立たせるために、画家は直線的な遠近法だけでなく、色と輪郭をぼかす空間的な遠近法も用いています。この色遣いによって、テーブルの下に見られるような特別な効果が得られるのです。
 また、作品の中には、三つの光が使われています。一つは、イエスを横から照らす光。もう一つは、天井からテーブルを照らす光。そして、町を冷たく照らす光です。この光によって、町は全く別の空間のように演出されるのです。
 ところで、画面右側にイエスを配した理由は、この絵がもともと置かれていたサン・マルクオーラ聖堂の内部の構成が大きく関係していたのです。鑑賞者は、右側から絵を見る格好になったようです。画家は、それを利用しようと考えたのかもしれません。右から見ることによって、絵の中の人物と人物の間隔がぐっと狭まり、見る者に舞台上の出来事のような臨場感を与えるという効果が生まれたのです。
 作品の斜め右から、もう一度、この偉大な絵画を見つめ直してみてください。ティントレットの細やかな意図が実感できるのではないでしょうか。

★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎ティントレット画集
       諸川春樹解説  トレヴィル;リブロポート (1996-01-15出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)



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