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「キリストの磔刑」

ティントレット (1565-67年)

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 この1,224㎝×536㎝の巨大な作品の中心は、頭上高く掲げられた十字架上のキリストです。すでに天上の光によって輝くキリストに向かって、巧みに描かれた対角線がみごとに収斂されていきます。
 地上では、多くの兵士たちが鮮やかに描き出され、この目眩を覚えるようなドラマを形作っています。ゴルゴタの丘の上に3本の十字架が立てられようとする瞬間、天は不吉な雲を集め始め、鑑賞者は画面の中の劇的なパノラマに引き込まれてしまうのです。

 ヤコポ・ティントレット(1518-94年)は、アクティブでドラマティックな画風を駆使した、16世紀後半のヴェネツィアを代表する宗教画の巨匠です。彼は、敬虔なキリスト教徒でした。
 ティントレットは、1564-87年にかけて、数度にわたりサン・ロッコ同信会館の建物、および聖堂の装飾に携わりました。サン・ロッコ同信会館は慈善事業に献身する人々による友愛団体であり、装飾のテーマは、キリストとマリアの生涯、旧約聖書の諸場面、諸聖人像など多岐にわたります。総数は68点にも上りましたが、ティントレットは弟子を使うことなく、そのほとんどを自ら描き、殊に「キリストの磔刑」は彼の最高傑作の一つと言われています。

 3本の十字架は、三つの時間の流れを表しているようです。
 向かって右側では、まだ十字架を立てるための穴が掘られています。罪人も、これから磔になるところです。彼はキリストに背を向けていますから、最後まで罪を悔い改めなかった「悪しき盗人」なのでしょう。一方、左側では、今まさに十字架が立てられようとしています。ここに掛けられたロープは、きっちりと中心のキリストへと続く対角線となって、画面を引き締めています。彼は、キリストに顔を向けています。死の直前に改悛の気持ちを示し、信仰心に目覚めた「善き盗人」と思われます。
 そして、中央のキリストは、磔にされた両手がまるで世界全体を守るために広げられたようで、生命力にあふれています。その後ろでラバに乗っているのは、キリストの脇腹に槍を突き立てて絶命させる役割を担ったローマ軍の百卒長、ロンギヌスではないかと思われます。
 キリストの足元で嘆く人々は、気を失った聖母マリア、聖ヨハネ、マグダラのマリア、クロパの妻・マリア、ゼベダイの子の母・マリアなど数人です。彼らは一塊の悲しみとなって描かれ、その他の群衆は各々の作業に熱中しており、磔刑そのものには無関心のようにさえ見えます。
 また、右側前景でしゃがみ込んでいる兵士たちは、キリストの衣を奪うためにサイコロを投げ、順番を決めています。磔刑図にはしばしば描き込まれる定番の光景ですが、キリストが着ていたトゥニカという下着は一枚の布として織られていたため縫い目がないので、裂いて分けることができず、だれが取るかをくじ引きで決めているとも言われています。

 ところで、この作品を実際に見上げたとき、前景の人物は生身の人間よりも大きく描かれています。信仰心篤い人々へのインパクトは、どれほどだったことでしょうか。ティントレットは、巨大な作品の扱いに並外れて優れた才能を持っていたと実感せざるを得ません。
 サン・ロッコ同信会館の中で最大のこの作品は、反宗教改革の最も盛んな時期に描かれ、プロテスタントに対してキリスト教会の権威を知らしめる象徴的存在ともなったのです。

★★★★★★★
ヴェネツィア、 サン・ロッコ同信会館、アルベルゴの間 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎ティントレット画集
       諸川春樹解説  トレヴィル;リブロポート (1996-01-15出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)



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