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「ベツレヘムの人口調査」

ピーテル・ブリューゲル(父) (1566年)

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 救い主イエスは、ナザレではなくベツレヘムで生まれました。これは、ローマ皇帝アウグストゥスによって命ぜられた人口調査のためだったのです。
 「ルカ福音書」によれば、ヨセフはダヴィデの家系であり、その血筋であったため、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダヴィデの都まで上らなければなりませんでした。そこで、すでに身ごもっていた いいなずけのマリアと一緒に登録のための旅を強いられたわけです。
 終生、「ナザレびと」と呼ばれたイエスですが、『ルカ福音書』では何故か、無理にでもベツレヘム生まれでなければならなかったようです。しかし、そのお陰で、マリアは月満ちてイエスを産み、飼い葉桶に寝かされているところを羊飼いたちによって礼拝されるという、クリスマスにお馴染みの物語となるのです。
 しかし、”人口調査”をテーマとした美術作品は滅多にありません。あまり劇的でも美しくもないテーマなので、芸術家たちの感性を刺激しなかったからかもしれません。しかし、日常生活を生き生きと生きる人々を群衆として描いたブリューゲルには、なかなか魅力的な主題とうつったようです。

 高い所から見下ろした視点で、大勢の人々がひしめき合っています。小さく描き込まれた人々は、遊びに興じ、あるいは日々の糧を得るために働き、冬の日を生き生きと動き回っているのです。
 税金を支払いに多くの人々が集まる光景は、ブリューゲルの時代にはしばしば見られた普通の光景だったと思われます。目を凝らして見ると、机の後ろにいる一人が集金をし、一人が記録係をしているようです。ただし、窓の上の花輪と戸口のビールジョッキが、ここが宿屋であることを示しています。手前では、今まさに豚が切り分けられ、旅行客をもてなそうと宿の料理係が奮闘する様子が見てとれます。
 しかし、この場の喧噪で忘れがちですが、作品のテーマは「ベツレヘムの人口調査」であり、宗教画です。よく見ると、画面の中央にはロバに乗った身重のマリアが判別できます。ヨセフとともに、宿屋へ急いでいるところです。ヨセフは大工道具を入れた籠をかつぎ、二人は聖家族然とした特別な存在としてではなく、ひっそりと景色に溶け込む、一組の庶民として描かれているのです。

 ピーテル・ブリューゲル(1525-1569年)の高い視点は、もしかすると神の視点を意識したものなのかもしれません。また、「農民の画家ブリューゲル」などと呼ばれているけれど、彼は決して農民の生活や生き方を愛していたわけではない、単に絵のテーマとして興味深いので取り上げていたのだ、という説もあります。
 確かに、「新しいボッス」として名を挙げ、人気画家としてもてはやされ、多くの知識人と親交のあったブリューゲルの立ち位置は、あくまで農村風俗の知的観察者の域を出ないものだったかもしれません。しかし、彼の描く庶民の生き生きと、時に微笑ましく愛らしく、時に不気味ささえ感じさせる姿、表情は、やはり、ただ鋭い観察眼によるものだけとは思えないリアリティーで迫ってきます。卓越した人間観察の画家ブリューゲルは、決して上から目線で人間を描く芸術家ではなかったと思いたいところです。

 画面向かって右の遠景では、城砦を思わせる建物の前で、一軒の家が建てられようとしています。城砦は古い信仰の象徴、そして、建築途上の家はキリストの誕生によって始まる新しい世界の象徴、と見る説もあります。
 この作品の描かれた前年の1564年と65年の冬は、寒さがとりわけ厳しかったといいます。フランドルの冬の農村を舞台に描かれた ひそやかな聖家族の旅は、寒さに負けず立ち働く人々、遊び回る子供たちに囲まれ、淡々と優しく描き出されているのです。

★★★★★★★
ブリュッセル、 ベルギー王立美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎絵画を読む―イコノロジー入門
       若桑みどり著  日本放送出版協会 (1993-08-01出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)



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