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「クローイ・ボートン=リー」

グウェン・ジョン (1881年)

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 物思いにふけり、ぼんやりとした眼差しをたたえた女性…。彼女は見ている者の視線に気づかないまま、内的な旅を続けているようです。両腕は身体の脇に置かれ、両手はひざの上にそろえられています。そのために、頭から手の先へかけての線が滑らかに連続した長円形をなして、その心を抱え込んだような強い内面性を、そして自己充足の印象を与えるのです。ひざの上でもてあそんだまま忘れられたような小さなハンカチ、所在なげなネックレスといったディテールも、このモデルの忘我を強く示しているようです。

 グウェン・ジョンは風景からのインスピレーションで描くことも多い画家でしたが、なんと言っても彼女のちからが最もよく表れているのは肖像画です。それも、きわめて個人的な特徴を有しているところが出色なのです。過去の画家たち….例えばオランダの巨匠たちの描いた、室内で家庭の仕事に携わる女性たち…と似たところもあるのですが、そういった風俗画が家族の和とか平和を示すのに対して、グウェンの絵には個人的な充足感といった、ごく内的な理想が表されているように感じられます。

 グウェンが肖像画に興味をもつようになったのは、最初にイギリスのスレード美術学校で学んだころでした。彼女はすぐれたデッサンの訓練を受け、授業が終わってからもよく友人をモデルに描いていたと言われています。グウェンは本質的に、女性を描く画家でした。ロダンを描いたデッサン以外には男性の肖像を依頼されたことはほとんどなかったといいます。また、素人に勝手に作品の批評をされることを嫌がった彼女は、プロのモデルを雇うこともめったにありませんでした。そのかわりに、自画像や、この作品のような友人の肖像はとてもたくさん描いているのです。そんなところにも、ごく個人的な思い入れを大切にしていた様子がうかがえます。

 ところで、この『クローイ・ボートン=リー』のように依頼を受けて描いた肖像画であってもグウェンの絵はみな小さく、90×60cm以上のものはありません。それは、彼女の仕事場の大きさのせいもありました。グウェンが住んでいた部屋は狭く、おまけにただ一つしかなかった画架は、イギリスから持って来た携帯用のものだったのです。しかし、彼女の描く絵に小ささや貧弱さは感じられません。それは、彼女がホイッスラーから学んだ方法で、近い色同士を用い、自信に満ちて絵の具を扱ったことによって得られた控えめな、調和のとれた自信のためです。グウェンの作品にはいつも、人を感動させずにはおかない静かなちからがありました。

 あるとき、同じように才能ある画家だった弟のオーガスタスが、ルーヴルで姉の師であるホイッスラーに出会ったとき、グウェンの肖像画には性格に対するセンスがあると思いませんか、と問いかけたといいます。するとホイッスラーは、「性格ってなんだ?君のお姉さんは実に素晴らしい色彩センスの持ち主だよ」と語り、彼女の素質を十分に認めていたことを示したのです。

★★★★★★★
ロンドン、 テイト・ギャラリー 蔵



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