• ごあいさつ
  • What's New
  • 私の好きな絵
  • 私の好きな美術館
  • 全国の美術館への旅

「聖カタリナの神秘の結婚と聖セバスティアヌス」

コレッジオ (1526-27年)

ジャンプ

ここをクリックすると、作品のある
「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 『枕草子』の「うつくしきもの」の項に、「二つ三つなるちご」が「いとをかしげなる」指に小さな塵をとらえて云々… とありますが、このイエスの可愛らしさは、まさしくそんな感じです。傍らの聖カタリナの薬指をしっかりととらえ、無心にじぃっと見つめているのです。赤ちゃんは、時としてこんなふうに、新たな興味の対象に向かって全神経を傾ける様子を見せるものですが、それを見守る私たちは、そんな真剣さがまた愛らしくてしかたないものなのです。

 しかし、いかにも無心に見えるイエスのしぐさには、実は高い宗教性が秘められています。聖女カタリナは神に身を捧げる…つまり、キリストの花嫁となるのであり、幼な子イエスは、いま花婿として結婚指輪を聖女の指に嵌めようとしているところなのです。
 アレクサンドリアの聖女カタリナは、聖人のなかでもマグダラのマリアに次ぐ人気者で、教育および学問全般の守護者であり、驚くべき博識の人だったと言われています。彼女は王家の生まれで、女王となったのちに、ある砂漠の隠者から洗礼を受けてキリスト教に改宗しました。あるとき、カタリナの教師でもあった隠者が、彼女に聖母子を描いた絵を与えます。すると、カタリナの祈りによって、描かれた幼児キリストは最初に彼女のほうを向き、さらに聖女の信仰が強まったとき、彼女の指に指輪を嵌めたと言われています。神秘の結婚…という着想は、おそらく神との精神的な結びつきを示す比喩を視覚的に翻案したものと考えられますが、それにしても、聖女の深い感動に満ちた美しい表情に比べて、イエスの表情は、とても興味ある面白いものを見つけたときの、子供らしい生き生きとした喜びに輝いているのです。

 幼な子を膝に抱いた聖母は、母らしい落ち着いた眼差しで二人の様子を見守りながら、両手でイエスの行為を助けています。そして、もう一人、カタリナの背後に立つ矢を持った青年は聖セバスティアヌス…弓矢で処刑されそうになり、最後は棍棒で打ち殺されたと伝えられる聖人です。三人の様子を悪戯っぽい笑顔でのぞき込む彼の…しかし、なんと蠱惑的な魅力にあふれていることでしょうか。このように生き生きと、甘美な聖セバスティアヌスは、他に見たことがありません。その魅惑的な表情だけで、この神秘の結婚の目撃者として以上の役割を、彼はしっかりと担っているような気がします。

 コレッジオは、主にパルマを拠点に活動していましたが、おそらく1519-20年にかけてローマに滞在し、その折にミケランジェロやラファエロの影響を受けたようです。とりわけ、ダ・ヴィンチからの影響は強かったようで、柔軟な形態、官能的な色調の古典様式を確立していきました。この作品でも、それぞれの人物の配置から背後の風景までをひたす黄ばんだ薄光の雰囲気など、ダ・ヴィンチを想わせますが、そこに流れる温かく親密な空気は、見る者の眼に愉しげで、このあたりは画家じしんのやさしい人柄もあったのだろうか、と想像されます。

★★★★★★★
パリ、 ルーヴル美術館 蔵



page top