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「落ち穂拾いから帰るルツ」

サミュエル・パーマー (1828-29年)

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 荷物を小脇に抱え、男性と見紛うばかりの逞しい背中を見せて帰途に着こうとしているのは、意外にも、あの「ルツ記」で有名なルツなのです。美しく、たおやかな女性のイメージがつきまとうルツですが、もしかすると実際は、確かにこのように逞しく、生活感あふれる女性だったかも知れません。そうでなければ、夫を亡くし、姑を抱えて明るく生きるバイタリティーは生まれてこなかったことでしょう。そんな彼女に、今までにない親近感を感じてしまうのは、もしかすると私だけではないかも知れません。

 劇的で躍動的で波乱に富んだ旧約聖書の物語の中で、ルツ記は唯一、ホッと息のつける、心温まるお話です。
 ベツレヘムで飢饉があったとき、イスラエルの中で最も有力な部族の一つだったエフライム人のエリメレクは、妻ナオミ、そしてマフロンとキルヨンという二人の息子を連れてモアブの地に引っ越しをし、元通りの裕福な暮らしを取り戻そうとしました。しかし、過労がたたってエリメレクは死に、さらに二人の息子も相次いで世を去ったので、落胆したナオミは故郷ベツレヘムに戻る決心をします。ところが、息子たちにはすでにそれぞれモアブ人の妻がおり、兄の妻はオルバ、弟の妻はルツといいました。そこでナオミは、それぞれの妻たちに、モアブに留まり、新しい夫と結婚するようにと言いました。しかしルツは、それを断り、ナオミと共にベツレヘムへ同行すると申し出たのです。
 しかし、ベツレヘムへ戻っても、ナオミとルツの生活は貧しいものでした。そこでルツは、ナオミの親戚である裕福な農夫ボアズの畑で落ち穂を拾うことを許されたのです。イスラエルの律法によると、収穫の時に落ちた穂は在留異国人や貧しい者に与えられると決められていました。ルツは、一日中落ち穂を拾い、パンを焼いて姑の世話を続けます。そして、そんなルツを見て、ボアズは好意を抱き、親切に扱います。たくさんの落ち穂が拾えるように、わざと穂を落とすようにはからうようになったのです。たくさんの落ち穂を拾って帰ってきたルツを見たナオミは驚きます。そして、そのように計らった人物がボアズであったことを聞いて、さらに驚きます。
 ナオミは、ボアズがルツを妻とすることを願い、その願いはかなえられました。そして、町の有力者でもあったボアズが「買い戻しの権利」を持っていたことで、以前エリメレクが手放した土地も再び買い戻され、以後、ナオミもルツも幸せに暮らしたのです。

 ところで、ルツはダヴィデの曾祖母にあたります。ダビデはイスラエルの暗黒時代に希望をもたらす光でした。そして、ダビデの子孫からキリストが誕生することを思うと、ここに不思議な神の意思が働いているように思えます。神は救い主をこの世に生み出す家系として、心やさしく信仰の深いルツを選んだというわけなのです。
 生活を支える逞しいルツ….この新鮮なルツは、19世紀イギリスの風景画家サミュエル・パーマーの手で、ペンとインクと鉛筆、そして黒のウォッシュ、白のハイライトだけを用いて描かれています。大きさも29.4×39.4㎝と小品ですが、なんと迫力に満ち、また空間恐怖症を思わせる細密な描写でしょうか。私たちは、この小さな空間を大股で歩み去るルツの後ろ姿に、たくさんの思いを重ねずにはいられません。

 13歳で水彩画家W・ウエイトの弟子となり、19歳のときにウィリアム・ブレイクに魅了されて彼の信奉者となり、芸術家グループ「古代人」を結成したパーマーは、生来の文学的、神秘的な持ち味を増幅させ、幻想的な風景画を得意としました。パーマーはブレイクと同じく、子供の頃から幻視体験をしており、そこに加わったブレイクの影響がどれほどのものだったかは想像に難くありません。
 ブレイクのスタイルを受け継ぎながら、新しい独自の境地を開いていったパーマーは個人的世界のなかで描く画家でした。このうねるような山道を裸足で急ぐルツの姿もまた、彼の敬虔な宗教的感情が創り上げた、パーマーの中に確かに存在するルツなのでしょう。

★★★★★★★
ロンドン、 ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館 蔵



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