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「ヤコブの夢」

ウィリアム・ブレイク (1805年)

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 上方に行くにつれて、まばゆいばかりに光を放つ螺旋状の階段は、夢の中の「天の梯子」です。『創世記』28章には、ユダヤ民族の3番目の偉大な族長となるヤコブの、不思議な夢のお話が語られています。石を枕に眠るヤコブは、さまざまな持ち物を手に階段を行き交う美しい天使たちの上方から、神の声を聞いているのです。
 ヤコブには、エサウという双子の兄がいましたが、ヤコブを偏愛していた母リベカにそそのかされ、思慮の浅いエサウと、老齢で盲目となった父のイサクを巧妙にだまして、長子としての祝福を受けてしまいます。長子となればすべての相続権を得るわけですが、それを知った兄のエサウは怒り狂ってヤコブを追いかけてきました。そのため、ヤコブはリベカの兄でメソポタミアのハランに住む伯父のもとへ、身を寄せなければならなくなります。これは、ハランへの途上で野宿した際に見た夢のお話なのです。
 執拗に追いかけてくるエサウの影におびえつつ、ただやみくもに歩き続けたヤコブは疲れ果て、まるで一匹の虫にでもなったように眠りこけてしまいます。すると、一本の梯子がするすると伸びて天に達し、天使たちがその上を行ったり来たりし始めたのです。
 やがて、一人の天使がヤコブに近づいて来て言いました。
 「私は、あなたの祖父アブラハムの神、父イサクの神、あなたがいま伏しているこの地を、あなたとあなたの子孫に与えよう。わたしは常にあなたと共にいて、あなたを守り、決してあなたを見捨てない」。
 ヤコブは目覚め、自分が神に見守られていたことを知り、この地が天の門であると確信しました。そして、枕にしていた石を記念碑として立て、その地をベテル(神の家)と名づけたのです。

 美術史上、もっとも偉大な幻想画家と言われたウィリアム・ブレイク(1757-1825年)は、18世紀末ヨーロッパの夢や幻想、あるいは妄想、狂気といった世界への人々の興味の中で、イメージと文字を融合させた独自の芸術をつくり上げたアーティストでした。
 彼は画家であり版画家であり、詩人であり哲学者でもありました。また、幼いころから幻視の能力を持っていたと言われ、その作品は常に神秘的で、彼の人間観と宇宙観が精妙に象徴的に表現されたものばかりでした。ブレイクにとって、目で見ることのできる感覚世界は架空の皮相に過ぎず、その背後に隠されたものこそ精神的真実だったのです。しかも、その表現は漠然としたものではなく、あまりにも明瞭で確かなものでした。
 ブレイクの作品に接するとき、非常に衝撃的なため、違和感を感じてしまうことも多いように思います。不気味な印象さえ持つこともあります。
 しかし、この作品の輝き、画面から流れ込んでくる温かい光はどうしたことでしょうか。私たちは、不思議なほどに癒されてしまうのです。天使たちは流れるような衣装をまとい、それは優雅で美しく、ブレイク独自の象徴をこめた品々を捧げ持ちながら、楽しそうに笑いさざめき、天まで届く螺旋階段を行き来しています。平和で、この上なく清らかな世界なのです。
 これは、ブレイクの最初で最大のパトロン、トマス・バッツの求めに応じて描いた、「聖書」を主題とした135点の水彩画シリーズのうちの一作です。ここでの主役は、ヤコブよりもむしろ天使たちであり、それよりも、この温かくやさしい光そのものなのかもしれません。

★★★★★★★
ウィーン、 美術史美術館 蔵
 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎ブレイクを語る
       梅津済美著  八潮出版社 (1991-04-20出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画史who’s who
       美術出版社 (1996-05出版)



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