• ごあいさつ
  • What's New
  • 私の好きな絵
  • 私の好きな美術館
  • 全国の美術館への旅

「聖ベルナルドゥスの幻視」

ピエトロ・ペルジーノ (1488-89年)

ジャンプ

ここをクリックすると、作品のある
「Web Gallery of Art」のページにリンクします。

 聖母を賛美する書を執筆中、突然現れた聖母の姿に、シトー会の修道士・聖ベルナルドゥスは驚きと喜びに言葉もない様子です。聖母への崇敬の念深いことで、殊に知られる聖ベルナルドゥスですから、どれほどの感動だったことでしょう。しかし、この奇跡の瞬間を、15世紀ウンブリア派の代表的画家ペルジーノは、大げさな表現をいっさい用いず、すべてが静止したような瞑想的な雰囲気の中に描きました。

 ペルジーノ(1445-1523年)は、明るく牧歌的な風景描写、甘美な聖母像によって人気を得た画家でした。若いころ、ヴェロッキオ(1435-1488年)の助手をつとめたことから、フィレンツェ美術の影響を受け、フィレンツェ派の写実性とウンブリア風の情緒あふれる画風を自らのものとしていったのです。
 ヴェロッキオ工房といえば、同じころ、ボッティチェリ、レオナルド・ダ・ヴィンチもまた師のもとで助手をつとめていたわけですから、ヴェロッキオはつくづく、弟子に恵まれた画家であったと思わないではいられません。そう考えると、ペルジーノのロマンティックな聖母の表現は、確かに、ボッティチェリ、レオナルド作品にも通じる美しさを感じさせるのです。
 しかし、ペルジーノの優雅さは、どこかとても曖昧な様式でもありました。彼は、表現について突き詰めた深い追求を、あえて避けていたのではないかと思うほどです。甘美な色彩、夢見るような静かな画面こそ、画家の目指したものだったのです。
 そんなペルジーノの絵画は、多くの人々の心をとらえました。1481年には教皇シクストゥス4世の命によりローマに赴き、ボッティチェリらとともにシスティーナ礼拝堂の壁画装飾を指揮し、以後、イタリアで最も多くの注文を受ける画家となったのです。
 しかし特筆すべきは、ペルジーノの足場の固め方かもしれません。ミラノ公国やヴェネツィア共和国、ゴンザーガ家と深い関係を保ちつつ、彼は故郷ペルージャに活動拠点を置き、ウンブリア地方のルネサンスを支えました。そこには、虚栄を厳しく告発するドメニコ会修道士サヴォナローラの、フィレンツェにおける活動の影響もあったようです。フィレンツェはもはや、芸術家が気持ちよく制作のできる環境ではありませんでした。

 ペルジーノが、この神秘的な聖母の顕現を、飾り気のない柱の並んだ簡素な建物の中に描いたのは、聖ベルナルドゥスが清貧の修道僧であったためなのでしょう。
 ブルゴーニュの貴族の家に生まれ、同時代の傑出した精神的指導者であった聖ベルナルドゥスは、若くしてフランスのクレルヴォーに修道院を創立し、死ぬまでその院長を務めた実在の人物でした。彼は、礼拝の場に彫刻や装飾をほどこすことが質素な修道生活にはそぐわないとして、これらを強く禁じていたのです。だからこそ、画家は、簡素でくすんだ建物の中に美しい聖母を顕現させたのでしょう。
 しかし、はるか遠くに広がる穏やかな風景が、この場の静かな緊張感をそっと和らげているようです。さらに、やさしい光と色彩の効果が、感傷的な雰囲気を高めます。聖人の白い修道服が、天使や聖母の衣装と好対照をなし、彼の際立った精神性を見る者に強く印象づけているようです。

 ところで、この聖母の立ち姿は、ペルジーノが好んでしばしば採用するポーズです。彼の最も高名な弟子ラファエロは、ブレラ美術館の『聖母の結婚』などの作品に、このポーズを借用しています。ペルジーノの甘く秘やかな画風は、後世の画家たちにしっかりと受け継がれていったのです。

★★★★★★★
ミュンヘン、 アルテ・ピナコテーク蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎キリスト教美術図典
       柳宗玄・中森義宗編  吉川弘文館 (1990-09-01出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編  日本経済新聞社 (2001-02出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)
  ◎続 ルネサンス画人伝
       ジョルジョ・ヴァザーリ著、平川祐弘・仙北谷茅戸・小谷年司訳  白水社 (1995-04-10出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版) 



page top