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「美徳と悪徳のはざまの詩人」

パオロ・ヴェロネーゼ (1580年ごろ)

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 ”詩人”は月桂樹の冠を被った”美徳”の擬人像に助けを求めて走り寄っています。彼の左脚のストッキングがベリッと引き裂かれていてギョッとさせられますが、どうやら、背中を見せている”悪徳”の擬人像の鋭い爪が切り裂いたようです。彼女は、そうまでしても、詩人を”悪徳”の道へ引きずり込もうとしているのでしょう。それにしても、”悪徳”の誘いに乗ると、ちょっと楽しそうです。彼女はとても華やかで妖艶な衣装に身を包んでいますし、左手にはトランプのカードが握られていて、さあ、遊びましょう…..と誘っているようです。

 この作品のテーマは、”ヘラクレスの選択”として知られています。
 ギリシャの作家クセノフォンによると、ギリシャ神話の力と勇気の権化ヘラクレスは、人生のある時点で岐路に立たされたと記しています。そこで出会った二人の女性が、美徳と悪徳を擬人化した二人だったというわけです。彼女たちはそれぞれが、自分の勧める道を行くように説得してきたのです。
 ”悪徳”の道は広々として陽光にあふれ、人々が幸福そうに戯れているのが見えます。一方、”美徳”の道は岩だらけで狭く、急な坂道となっています。しかし、よく見ると、その先は明るい高台となっており、本当の幸福と名声を表す有翼のペガサスが住んでいるのです。ヘラクレスは当然のことながら、”美徳”への道を選び取りました。

 ところで、私たちはまず、これが”ヘラクレスの選択”の寓意を描いた絵画であることには気づきにくいと思います。中央の男性は、タイトルにもあるように”詩人”然としており、とても洗練されたオシャレな紳士にしか見えません。おそらく画家は、この絵の注文主の意向を満足させるために、敢えてこうした表現を用いたのでしょう。
 注文したのは、ハプスブルグ家のルドルフ2世(1552-1612年)であったと言われています。神聖ローマ皇帝ルドルフ2世は、ヨーロッパ各地の一流の学者や芸術家をプラハに招聘した文化人として知られています。そんな皇帝が、ルネサンスにおいてとても人気のあったこの主題が、豪華な衣装や鮮やかな色彩で描き出されることに満足したのは言うまでもなかったに違いありません。

 知的な人文主義者との交流が深かったパオロ・ヴェロネーゼ(1528-88年)は、このような異教的雰囲気を持った絵画も多く手掛けました。神話画、寓意画を当時の社会の人々の姿で表現するのが、いかにも世俗性によって人々に愛されたヴェロネーゼらしさです。
 16世紀後半のヴェネツィアで活躍したヴェロネーゼは、ティツィアーノ、コレッジョに影響を受け、ヴェネツィア派ならではの美しい色彩感覚を発揮した画家でした。その親しみやすい画風は、明暗の対比を抑えて補色を併置し、つねに画面に明るい光を満たす手法によって支えられていました。さらに、当時のヴェネツィアの豊かな社会背景をそのまま絵画に描き込んだ功績は大きかったと思われます。

 ところで、向かって左上の女神像に支えられた銘板には、「名誉と美徳は死後栄える」と刻まれています。このテーマが伝える道徳的教訓ですが、”悪徳”の玉座となっているスフィンクス像とともに、なんとも誘惑的な姿ではあります。ただし、淫欲の象徴・スフィンクスの胸には刃物が立てかけられており、やはりヘラクレスの選択は正しかったと思わずにはいられません。

★★★★★★★
ニューヨーク、フリック・コレクション 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008/07 出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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