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「水から救われるモーセ」

ヴェロネーゼ (1580年)

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 特異な夢判断の能力を生かしてエジプトを救い、副王にまでなったヨセフの功績はしだいに忘れられ、エジプトの人々は異民族のイスラエル人たちが増えていくのを好ましく思わなくなります。やがてエジプトの王が、イスラエル人の子をナイル河に投げ込んで皆殺しにするようにとの命令を下したため、生まれたばかりのモーセの先行きを案じた母は、殺されるくらいならば誰かに育ててもらおうと、モーセを葦で編んだ籠のなかに入れ、泣く泣くナイルの河辺にひそませます。それでも心配で心配でそっと様子を見守っていると、モーセの籠はなんと、エジプト王の娘と侍女たちの一行に発見されます。王女はこの子を哀れみました。そして、幼児がユダヤ人であることを認めながらも育てようと決め、侍女に乳母を探してくるように命じたのですが、乳母として連れてこられたのがモーセの本当の母親だったのです。こうして、モーセは誰にも知られずに母親の手に戻され、エジプトの宮廷で大切に育てられることになるのです。

 この作品は、今まさに助け上げられた幼児を見て、王女が「どうやって育てようかしら」と、侍女たちと話し合っているところだと思われます。ヴェロネーゼは登場人物たちのモデルに、当時のヴェネツィアの女性たちを描いているようで、エジプト王の姫君とそのお付きの女性たちにしては、そのくつろいだ雰囲気はとても庶民的です。この風俗画のように親しみやすい作品を見ていると、彼がなかなか鑑賞者へのサービス精神に富んだ人らしい様子がわかります。
 また、王女の衣装のたっぷりした豪華さはまるで緞帳のような重厚感で、モーセを抱く侍女のむき出しの肩も王女の体型も、なかなか肉感的です。そこには、宗教的感動というよりも、ごく世俗的な喜びがわかりやすく美しく歌い上げられているようで、その視覚的快楽の追求という点では、ヴェロネーゼはティツィアーノの一番の後継者と言えると思います。

 ヴェローナの石工の息子として生まれたヴェロネーゼは早くからその才能を顕わし、パルミジァニーノやジュリオ・ロマーノなどの作品を学び、また古典主義建築についての知識も身につけました。1550年代半ば、すでに老境に入ったティツィアーノに代わり、ヴェネツィア画壇の第一人者となります。そういう意味では順風満帆な人生であり、当時の彼の自画像を見ても、非常に端正な紳士である様子が見てとれます。同時期のティントレットとは対照的に、その色彩は非常に明るく華やかで、万人に愛される暖かさが漂います。また、その造形感覚はごく古典主義的で、『カナの婚礼』『レビ家の饗宴』などのように、当時のヴェネツィア社会を彷彿とさせる華麗さと、着飾った人物を多く配した作品も特徴的です。そんな彼の世俗的華やかさを見ると、まさに盛期ルネサンスとバロックを橋渡しする存在であったことを実感させてくれるのです。

 ところで、このモーセ発見の主題は、旧約聖書の出エジプト記のあのモーセ出生の物語なのです。これは新約聖書における、聖家族の逃避行のエピソードと重なります。ヘロデ王の迫害から逃れる聖家族…エジプト王の迫害は、ヘロデ王の幼児虐殺に通じているのです。壮大なスペクタクルの連続で、ハリウッド映画がいかにも好みそうな題材がいっぱい詰まった旧約聖書も、実は、新約聖書にあらわれてくる事柄を象徴的に予告していることが多いようで、新約の原型と言ってもいいのかも知れません。
 なお、実の母を乳母に推薦したモーセの姉は、マリアという名前だったのです。

★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館 蔵



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