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「生誕」

フランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ (1485-90年)

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 「一人の天使がマリアを導き、暗い洞穴に案内すると、そこが輝き始めた・・・・。3日目に彼らは洞穴をあとにし、厩に入ると幼な子を飼い葉桶に寝かせた。牡牛と驢馬がその子をあがめた。」 
『偽マタイ福音書』と呼ばれる8世紀頃の書物によれば、このようにマリアは洞穴でイエスを産んだあと、厩に移ったとされています。
 この場面は、その厩に行く前なのかも知れません。幼な子に礼拝する聖母、そして聖ヨセフを中心に、寄り添う二人の天使と、幼な子をおっかなびっくりのぞき込む二人の羊飼いが、規則的で対称的な身振りで並置されています。色彩も、天使たちの高雅な美しさと羊飼いたちはいかにも対照的に描き分けられているのです。
 彼らの背後には牡牛と驢馬の姿があり、さらに巨大な、画面の中に重々しい存在感を示す門が見る者を圧倒します。このテーマでは、建物はたいてい荒れ果てたものとして描かれ、それは救世主の誕生によってその意義を失った、旧律法(ユダヤ教)統治の象徴と見なされるわけですが、ここでは、フランチェスコ・ディ・ジョルジョの古代への興味のほうが勝っているようです。確固たる線によって表現されたこの門の美しさとその向こうに広がる空の透明な青は、画家の並々ならぬ技量を思わせます。

 作者のフランチェスコ・ディ・ジョルジョ・マルティーニ(1439-1501年)は、15世紀後半のイタリアにおいて、ルネサンスの芸術家に特徴的な折衷主義の典型と言える人物でした。彼は建築家であり、画家であり、彫刻家であり、さらに軍事技術者、発明家、科学技術者でもありました。地雷を初めて爆発させたのも彼であると言われています。そう聞くと、ふと万能の天才レオナルド・ダ・ヴィンチを連想する人も多いかも知れません。フランチェスコ・ディ・ジョルジョはまさに万能の技術者であり、巨匠だったのです。そしてそのレオナルドの友人でもありました。
 彼は多岐にわたる活動でその才能の豊かさを証明しましたが、中でもコルトーナ近くのサンタ・マリア・デル・カルチナイオ聖堂や、89年のシエナ大聖堂の内陣にあるブロンズの天使たちの彫刻などが代表作と言われています。さらに、注目に値する城や要塞もいくつも設計、建築しており、芸術家があらゆる局面で才能を発揮することのできた良きルネサンスを代表する人物の一人と言えるでしょう。

 マルティーニの曲線的な人物たちは、初期の頃から体温を持った動きを示し、それは着想にあふれた独創的な表現で人々を魅了しました。この『生誕』は、15世紀後半のシエナ派の集大成とも位置づけられている作品です。板絵の持つ透明感が画家の個性をより引き立たせ、美しい聖母のふくよかさや丸々と太った幼な子の愛らしさに、私たちは宗教画までもがリアルな人間ドラマとなり、優美な理想的世界がその背後に展開され始めたルネサンスの開始を実感するのです。 

★★★★★★★
シエナ、 サン・ドメニコ聖堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎新約聖書
        新共同訳  日本聖書協会
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
        佐々木英也訳 講談社 (1989-06出版)



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