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「殉教へと向かう聖ヤコブ」

アンドレア・マンテーニャ (1455年頃)

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 聖者は、ヘロデ・アグリッパの裁きにより、処刑場へと赴きます。その途上、中風を患う男と出会い、立ち止まって祝福を与え、歩くようにと命じます。
 それを見ていた群集は奇跡を目の当たりにして、ある者はうたれ、ある者は異常な興奮状態に陥り、画面右端では、制止する兵士との間に何やらもめ事も起きているようです。頭上の旗も激しくはためき、その場にいる人々の動揺が頂点に達していることを象徴的に伝えます。

 それにしても、この威圧感にあふれた画面の前で、おそらく鑑賞者は、ひたすら圧倒されたのではないでしょうか。そこには、15世紀北イタリアの代表的画家マンテーニャが持つ彫刻的な様式と、あまりにも生き生きとした雄弁な線のためばかりでなく、虫が世界を見上げたときのような視点の存在の効果が大きいかも知れません。この絵の中心…消失点は、実は画面の一番下よりもまだ下にあります。ですから、私たちは自然と圧倒され、この劇的な場面を見上げるようなかたちとなるのです。
 この作品の中でまず目を惹かれるのは、やや左で、祝福を与える大ヤコブよりもむしろ、ほぼ中央で背中を見せて驚きを表現する兵士の、背中から腰、足にかけての重量感をもった後ろ姿かも知れません。贅肉のないがっしりとした骨格とみごとな緊張感の、なんと美しいことでしょうか。そして丹念に、人物にまつわりつくように描きこまれた衣服のひだの表現は、古典期のギリシャ彫刻から受け継がれたものでしょう。
 古代的想像力にあふれたマンテーニャは、まるで考古学者のように古代への造詣の深い人でした。そんなマンテーニャだからこそ…の、古代ローマを思わせる凱旋門の表現も、その圧倒感を際立たせている要因かも知れません。細部まで描き込まれた建物は、まるで実物を写し尽くしたもののようなリアルな感覚を見る者に与え、そして、ローマ兵士たちが身に着けた衣装の精緻さにも画家の古代への興味が遺憾なく発揮されているのです。人々のざわめき、渦巻く興奮と、ただ一人、威厳をたたえた聖ヤコブの静かな姿の対比もまた、美しい印象となって鑑賞する者を魅了します。

 ところで、このみごとなフレスコ壁画を、私たちはもう永遠に目にすることはできません。第二次世界大戦中に礼拝堂が爆撃を受けて、一部の作品を除いて破壊されたのです。ですからこうして、残された白黒の写真のみで、かろうじて当時の姿をしのぶばかりなのです。
 それにしても、このエレミターニ聖堂オヴェタリ礼拝堂の壁画の連作が、事実上のマンテーニャのデビュー作であり、当時、彼がまだ17歳の若さであったことには驚嘆をおぼえます。恐るべき早熟の天才、と言う以外にはないかも知れません。

★★★★★★★
パドヴァ、 エレミターニ聖堂オヴェタリ礼拝堂蔵(1944年に破壊)

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎名画への旅〈第6巻〉/初期ルネサンス〈2〉春の祭典
        樺山 紘一・森田 義之編  講談社 (1993-03-18出版)
  ◎ヒューマニズムの芸術
        ケネス・クラーク著  白水社 (1987-02-10出版)
  ◎神の御業の物語―スペイン中世の人・聖者・奇跡
        杉谷綾子著  現代書館 (2002-03-10出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)  



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