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「小天使のいる聖母子」

アンドレア・マンテーニャ (1485年ころ)

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 いつも抱っこされていた赤ちゃんが、ある日、急にお母さんの膝の上で脚を突っ張り、両足で立とうと試みはじめます。一生懸命に周囲のいろんなものにつかまりながら立ち上がろうとして、でも、立ち損ねてドシンと尻もちをついて、それでもまた根気良く「立っち」の練習…。やっと優しい聖母の首につかまって、しっかり立ち上がった幼な子イエスの誇らしげな表情…。その目はじっと未来を見つめ、ある種の決心に輝いているようです。そして聖母は、といえば、しっかりと首に抱きつくイエスのために、少し首をかしげるような姿勢のまま、まだ頼りない足首を片手でそっと支えているのです。
 支えられながらも、すっくと立つ神の子をたたえるように大勢の小天使たちも高らかに歌います。青い空から彼らの透明なボーイソプラノが、美しく清らかに響いてくるようです。赤い翼のセラフィム(熾天使)は聖愛を表し、青い翼のケルビム(智天使)は聖知を象徴すると言われていますが、一心に歌いつづける天使たちの口元にのぞく小さな歯や舌の観察の細かさには、少し驚くとともに、やや不気味さを感じる向きもあるかと思います。しかしこれは、厳格な写実による宗教画で定評のあるマンテーニャらしい表現と言えるのです。

 北イタリア・ルネサンスの巨匠マンテーニャはパドヴァ近郊に生まれ、パドヴァ派の画家スクァルチオーネの養子となって、画家としての成長を遂げます。古代美術収集家でもあった師の影響もあって考古学の造詣も深く、また師を通じて知ったドナテッロの彫刻から、幾何学的遠近法、激しい表現性を学び、またフィレンツェ派からはその強靭な線描を学んでいきます。彼のスケールの大きさは、こうしたたくさんの人々からの影響をどんどん受け入れていったことにも裏打ちされており、彼の画風は北イタリアの多くの画家に、そしてドイツのデューラーにまで広がっていったのです。
 もう一つ、マンテーニャにとって大きかったのは、1460年にマントヴァのゴンザーガ家に呼ばれて、その宮廷画家となったことが挙げられると思います。彼はゴンザーガ家の居城パラッツォ・ドゥカーレの「夫妻の間」の壁画に、家族の肖像を描きました。これは、宗教画だけでなく、世俗の富裕な人々を美しく描くという画家の役割を開拓したものと言えます。

 古代に魅せられた画家マンテーニャは、古代美術への傾倒から、ある種彫刻のように生硬な描写を用いました。しかし反面、麻布によるカンヴァスを本格的に使うなど、先進で緻密な画家であることも忘れることはできません。そんなマンテーニャによって描かれた硬質で克明な描写のマリアは、伏目がちで静かな面差しのまま、地上を見下ろすというよりは、小天使たちの歌声にじっと耳を澄ましているようです。

★★★★★★★
ミラノ、 ブレラ美術館 蔵



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