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「最後の晩餐」  (『荘厳の聖母の祭壇画』裏面)

ドゥッチョ・ディ・ブオニンセーニャ (1308-11年)

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     <祭壇画裏面の全体>

 テーブルの向こうにいるイエスからパンを差し出されたユダは、一瞬、息を呑んだに違いありません。
「先生は、すでに知っておられる」
その思いは、彼を一気に後悔の海に押しやったかもしれません。
 しかし、ユダはすでに銀貨30枚を裏切りの報酬として受け取っていました。主を祭司長たちに売ったのです。引き返すことはできませんでした。

 キリストが捕らえられる前の、弟子たちとの最後の食事場面を描いた「最後の晩餐」は、6世紀のビザンティン・モザイクから見ることができます。当時は、D字型のテーブルの端にキリストが座り、弟子たちはその後ろに、順番に乗りかかるような格好で表現されていました。
 13世紀シエナ派の画家ドゥッチョは、彼らしい情緒的で繊細な感性で、全員がテーブルを囲むような配置の「最後の晩餐」を描き出しています。中央のキリストが裏切り者にパンを差し出していなければ、緊迫した場面とは判らないほどの親密なさりげなさです。
 しかし、やや硬く、ぎこちない表現ながら、だれが誰であるかは比較的正確に描き分けられています。12~13世紀の芸術家は、ユダ以外の使徒たちをほとんど区別しようとしてこなかったのですが、ドゥッチョはそのあたりに配慮をしたようです。

 イエスが
「はっきり言っておく。あなたがたのうちの一人が私を裏切ろうとしている」
と言ったとき、驚く使徒たちの中で、まず最初に
「主よ、それはだれのことですか」
と尋ねたのは、イエスの胸もとに寄りかかったヨハネでした。彼は、弟子たちの中でも、イエスに最も愛された者でした。弱々しく、悲しそうなヨハネはすぐに分かります。
 そして、ヨハネに、イエスが誰のことを指して言っているのか尋ねるように合図したのは、シモン・ペテロでした。半白の短い巻き毛と髭をたくわえた彼も、イエスの隣にわかりやすく描かれています。ペテロは、漁師にふさわしい赤ら顔であることも特徴です。
 また、アンデレは、なだらかに伸びた半白の髪、長い髭を持っています。その長い髭が二つに分かれている様子から、ヨハネから一人置いた右側に座るのが彼であると察せられます。
 そして、小ヤコブは、顔つきや髪、髭がキリストに似ているのが特徴です。それは、聖パウロが「主の兄弟ヤコブ」と呼んだことからも明らかで、ペテロの隣に坐しているのが彼でしょう。
 主の生前、最も近くにいた三人のうちの一人は大ヤコブでした。小ヤコブよりもやや年長で髭をたくわえた彼は、ヨハネの隣の人物と思われます。
 ピリポとトマスは、ヨハネと同じように最も若い使徒であるので、両脇の無髭の二人が彼らであることは明らかです。二人は、テーブルの両端に描かれるのが通例です。
 シモンとタダイは通説どおりならば兄弟ですから、隣り合って座って描かれます。慣例的に老人とされていますが、ここではおそらく、よく似た横顔の前景の右に座る二人でしょう。
 そして、バルトロマイは白く長い髭を生やしていて、マタイとよく似ているとのことなので、前景の中央の人物と思われます。したがって、左端が「マタイによる福音書」の書記者とされる聖マタイなのでしょう。

 ところで、テーブルの向こう側の聖人たちには、なぜ光輪がないのでしょうか。このため、イスカリオテのユダの見分けがつけにくく、前景の五人全員の人相も決して良いわけではなく、だれが誰やら、実ははっきりとは判別できないとも言われます。
 そのわけは、ドゥッチョならではのセンスの良さが、宗教画の約束事を少し逸脱したのかもしれません。光輪を描いてしまうと、テーブルの上の繊細な描写が見えにくくなってしまうからなのです。
 「最後の晩餐」では、ワインにパンを浸して食べたと言われていますが、ここでは、テーブルの中央に子豚のように見える子羊の丸焼きが置かれています。実際には、これが置かれていたわけはないのですが、ドゥッチョは、犠牲の象徴をぜひとも描きたかったのでしょう。
 さらに、中央手前の水差しは、とてもオシャレで美しく、この場にはやや相応しくないようにも感じられます。しかし、画家の思い入れが伝わるようです。
 キリストの受難がテーマの祭壇画裏面、26枚のパネルのうちの一点であっても、ドゥッチョは細やかに配慮し、手を抜いていません。まだ未熟ながらも遠近法を用いて建物の立体感を表現し、奥行きの感じられる静謐な空間を実現しています。彼が、ジョット以前の中世末期の画家でありながら、しばしば用いる微細な金色の線、繊細な色彩が、単なる宗教画を超えた人間ドラマを感じさせることに改めて驚きを禁じ得ないのです。

★★★★★★★
シエナ、 大聖堂付属美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
      佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎聖母の都市シエナ―中世イタリアの都市国家と美術
        石鍋真澄著  吉川弘文館 (1988-04-10出版)



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