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「暖炉衝立ての前の聖母子」

ロベルト・カンパン (15世紀前半)

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 北国の冬は厳しく、どうしても室内で過ごす時間が長くなります。それだけに、家具調度にも気配りが行き届いて、きちんと整えられている家が多いといいます。それも、いかにも堅実なお国柄らしく、生活のしやすい、心地の良い好みで貫かれているのです。
 フランドルの画家カンパンの描く聖母子は、そのお国柄そのままに描かれているようで、茶色がかった落ち着いた色調のなかに、ゆったりとくつろぐ母と乳呑み児の図となっています。暖炉の火はほんの少ししか見えないのですが、部屋の暖かさは十分に伝わってきて、こんな部屋ならば幼な子も寒くなくて、ゴキゲンなのではないでしょうか。
 ところで、非常にゆったりと落ち着いた様子の聖母の後ろには柳の枝で編んだと思われる衝立てがあって、それがちょうど聖母の円光のように見えるのですが、その象徴性と装飾性の巧みさ、センスの良さには、思わず嬉しくて微笑んでしまいそうになります。また、衝立ての色とマリアの肩を覆うとび色の長い髪が美しく呼応して、本当に健やかな印象なのです。

 ロベルト・カンパンは、15世紀初期のフランドルの代表的な画家の一人です。このころのフランドル絵画には、現実性と宗教性…それがひっそりと混在しているのが特徴的と言えるかも知れません。ごく普通の穏やかな生活のひとこまを見せる聖母子…だからこその甘やかな神秘性は、私たちを不思議な幸福感で満たしてくれます。また、カンピンという画家はとくに、人物の豊かな肉感の表現、また、こまごまとした調度、衣類の表現の確かさで知られていますから、この聖母の指先にはさまれた乳首や、そのまわりの豊かで柔らかい乳房の感じのリアルさには、思わずハッとさせられるのです。
 この時期、イタリアではすでに現実的な表現が、遠近法、人体のプロポーションなどによって実現されていましたが、北方における油彩表現はあくまでも感覚的で、やさしく細密な描写や、静かでメランコリックな光のなかでの情景など、独自な歩みを見せています。
 例えば、ダ・ヴィンチにおける聖母子像では、聖母と幼な子の表情に注意を集め、窓からはイタリアの明るい空や山が遥かにのぞめる程度に描かれます。しかし、このカンピンの聖母子の後ろにある窓からは、非常に緻密な町の様子を見てとることができます。そこに働く人々、動物たち、家々や塔の姿など、拡大鏡で見ていただきたいほどに細やかに描かれ、私たちはいつの間にか画面の中に引き込まれ、そこに生きる人々の暖かい体温までも感じ取ることができるのです。フランドル絵画創生期の画家カンパンによる、このふっくらとした穏やかな聖母は、その母性の表出によって、見る者を安らぎの世界へと導いてくれるのです。

★★★★★★★
ロンドン、 ナショナル・ギャラリー 蔵



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