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「受胎告知のマリア」

アントネロ・ダ・メッシーナ (1473-74年ころ)

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 書見台に向かい、すっぽりと青のヴェールをかぶった女性…。黒一色の背景の、このあまりにもシンプルな作品は、実は受胎告知の図なのです。ここには余計なものは何もありません。ただ静かだけれど、しっかりと神の意志を受け止める聖母の、それも上半身だけが描かれています。

 普通、受胎告知には、いくつかの約束ごとがあります。まず、お告げの場所はマリアの私室で、ほかに象徴的には、教会の中や僧院の回廊が選ばれることもあります。次に、お告げの大天使ガブリエルは、天国の百合の花、あるいは百合をいただく錫杖、棕櫚を持っている場合もあり、その姿はたいてい有翼の婦人、または優美な美青年である場合もあります。そしてマリアはといえば、書物を手に持つか、または書見台か傍らに置いています。この書物は旧約イザヤ書とされ、必ず開かれた状態になっています。また、受胎告知におけるマリアの多くが右手をかざしているのは、奇跡を受け入れることの伝統的なポーズで、驚き、ためらいを凌駕する、彼女の純粋な信仰のあらわれとも言えます。

 ところで、この作品のマリアの場合、天使もおらず、聖霊も描かれていません。ただ、さきほどまで目を落としていたに違いない書見台には、本が開かれ、そして彼女は右手を低くかざしています。いちおう伝統的なポーズをとっているのです。しかし、言われなければ、彼女がマリアであり、この作品が受胎告知だとはわからないかも知れません。それほどにユニークな表現…と言えます。 
 ですが、この作品をなおもじっと見つめたとき、私たちは一様にはっとさせられます。マリアは、この台のうえに開かれた本に向かって手をかざしているのです。書物に受諾を行っているのです。つまり、この書物そのものが大天使ガブリエルであり、聖霊であり、神なのです。ここで私たちは、イザヤ書の開かれたページに記された言葉を明確に思い出します。
「みよ、乙女がみごもり子を産む。その名をインマヌエルと呼ぶ」。
インマヌエルというのは、キリストと同じく救世主を指す男子の名前にほかなりません。
 もしかすると、実際の受胎告知は、このようにして行われたのかも知れません。静かにひそやかに、不思議な出来事などとりたてて何も起こることなく、誰にも知られず、聖母だけにそっと伝えられたのかも知れません。右手の行ったことを左手にも教えてはならない、とおしえたキリストの言葉どおりに…。

 それにしても、15世紀のこの時代、ヴェネツィア派のアントネロ・ダ・メッシーナが、これだけシンプルで大胆な受胎告知を描いたなんて、そのセンスの良さには驚かされます。彼は南イタリアのシチリア島メッシーナ出身の画家です。やがて、ルネサンス的な優しい人間描写が開花し始めたヴェネツィアに渡り、ナポリで学んだフランドル絵画の技法を北イタリアに伝えるという重要な役割を担います。その細密で写実的で堅固な画面はメッシーナならではのものですが、抑えた情感のなかにたたずむ個性的な聖母の姿もまた、くっきりと印象的です。

★★★★★★★
パレルモ、 シチリア州立美術館 蔵



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