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「サン・カッシアーノ祭壇画」(断片)

アントネロ・ダ・メッシーナ (1475-76年)

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 はるか彼方を見やるような聖母子は、清らかで美しい存在でありながら、深い実在感をもって見る者を魅了します。
 聖人や寄進者が聖母子とともに一つの空間に集うという祭壇画の形式は、このあたりから始まったと言ってもいいのです。そういう意味で、この 115×135㎝の大作は、ヴェネツィア絵画史上、重要な意味を持った作品と言われています。

 ところが、残念なことに現在、この作品は周囲を大きく切り取られ、原状をとどめていません。
 当初は、聖母子のほか、ここに描かれているように、向かって左から聖ニコラウス、マグダラのマリア、聖ウルスラ、聖ドミニクスの四聖人、そして、聖ゲオルギウス、聖セバスティアヌスも描き込まれていたようです。
 聖ニコラウスは、最もよく知られたキリスト教聖人の一人です。子供、水夫、旅行者の守護聖人とされ、年ごろの娘の守護者でもあります。そして、サンタクロースの原型ともなった人物で、司教服姿の中年男性として描かれることが通例です。持物として、三つの黄金の玉が特徴です。
 その隣で香油を捧げ持つのは、マグダラのマリアです。豊かな髪が特徴で、懺悔の図像として人気ナンバーワンの聖女です。聖母子を慕わしげに見上げています。
 その向かい側の聖ウルスラは、初期キリスト教の伝説上の聖女です。ブルターニュ王の娘で、ローマへの巡礼の帰途、ケルンにおいて、11,000人の仲間の娘たちとともに蛮族に虐殺されたとされています。
 右の聖ドミニクスは、黒衣の修道士会として知られる説教者兄弟会の創設者です。白いトゥニカ(内衣)とスプラリオ(肩衣)の上に頭巾のついた黒マントを羽織るドミニコ会の修道服姿で描かれています。持物としては、書物(福音書)が特徴です。
 聖人像に挟まれた聖母子像は、古くから東西両キリスト教世界の礼拝美術の中に見出されました。それが中世末期には、人物を個々の区画に収めた祭壇画という表現が多く見られるようになったのです。そして15世紀になると、これが一つに統合され、聖母子に侍して立つ聖人たちが一枚の絵の中で一堂に会する「聖会話」の表現となっていったのです。

 作者のアントネロ・ダ・メッシーナ(1430-79年)は、当時、唯一といってもよい、南イタリアが生んだ重要な芸術家でした。多くの画家は、都市国家が発達した中部、北イタリアを中心に活躍したからです。
 シチリア島のメッシーナ出身のアントネロは、若いときにナポリで修業し、20代には故郷で工房を構えていたと伝えられています。ところが、突然5年ほどの空白期があり、アントネロの記録はプツリと消えます。しかし、故郷に再び姿を現したとき、彼は見違えるようなイタリア的空間表現と人物のモニュメンタリティを身につけていたのです。
 ある意味で、アントネロは謎の画家です。当時、彼のようにフランドル絵画とヴェネツィア絵画の要素を併せ持った画家は、他に見当たりません。しかも、空白の5年間、彼はどこでどのような仕事をしていたのでしょう。そして、このあと、ヴェネツィアに渡り、この大作「サン・カッシアーノ祭壇画」を描いているのですが、画家は、どのようなツテで大作の注文を受けるに至ったのでしょうか。それは未だにはっきりと解明されていない謎なのです。
 そんなミステリアスなアントネロは、ヴェネツィア滞在中にミラノ公から宮廷画家として招かれています。ところが、彼はこれに応じませんでした。それどころか、ヴェネツィアでの栄光をあっさり捨てて故郷メッシーナに帰り、以後没するまで、故郷を出ることはなかったのです。
 アントネロの謎の部分は、15世紀ヨーロッパ美術の相互交流の成果そのものなのかもしれません。しかし、メッシーナとヴェネツィアの距離の大きさを思うとき、ただ当時の活発な交流だけで片付けてしまえない不思議さが残るのも事実です。
 フランドル的な細密描写、油彩技法、中部イタリア的な遠近法、幾何学的形態は、どの流派にも属さない独特な感性でした。しかし、それはアントネロの孤独な横顔にも思えます。
 1470年代の短い期間に現れて消えていったアントネロの、透明な光と詩情にあふれた作品たちは、画家の密度の濃い人生そのもののような深い色彩に彩られているのです。 

★★★★★★★
ウィーン、 美術史美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
       諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008/07 出版)



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