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「受胎告知」

シモーネ・マルティーニ (1333年)

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 大天使ガブリエルの口から、今まさに発された声が、空中に金色の文字となって視覚化されています。
 数ある「受胎告知」の場面の中でも、この作品の聖母はとりわけ人間的な表情を見せているようで、どちらかと言えば、その仕草からは拒絶さえも感じられます。オリーブを手にした大天使ガブリエルのほうも、そぉっとマリアの表情をうかがいながら、聖なるお告げを注意深く伝えている様子で、二人の間にみなぎる緊張感が、金地によって創り出された光あふれる空間を、みごとなほど雅びに引き締めているようです。

 この作品は、日本人には比較的親しみやすい印象を与えるかも知れません。極度に洗練された蒔絵のような、工芸品的な美しさは、普通に考えれば少し圧倒されながら鑑賞するものかも知れませんが、それをウフィッツィ美術館で見るとなると、不思議な懐かしさを伴いそうな気がします。
 聖母の顔には下地に用いたとみられるくすんだ緑色が透けて見え、画家はその上に何度も筆を重ねて微妙な表情を繊細に作り上げています。そして、金箔を置いて光輪を表現した部分には、丹念な刻印や刻線を見てとることができるのです。これほどに優美な金地背景の祭壇画になると、絵画作品と言うより、やはり工芸品に近い丹精を感じずにはいれません。

 中世は、しばしば「暗黒の時代」などと表現されることもありました。しかし、ルネサンス以降の近代人たちがイメージとして抱いた「中世」がどのようなものであるにしろ、実際の中世は、ヨーロッパ世界が徐々に形成され、その独自な文化を練り上げるための重要な時期であったことに間違いありません。中世に存在した光り輝く多くの要素を私たちはもう一度、見直す必要がありそうです。そして、この祭壇画もまた、成熟を重ねた中世末期だからこそ生み出された、夢のように幻想的で震えるように繊細な絵画世界なのです。

 シモーネ・マルティーニは、14世紀シエナ派を代表する画家と言われています。華麗な色彩、装飾性が特徴で、その写実的な表現にはフランス・ゴシックの影響も強く感じられます。つまり、天上の人々をも地上の人間のように親しみやすく描き、より現実的な表現で人々の要求に応えたのです。アッシジのサン・フランチェスコ聖堂サン・マルティーノ礼拝堂の壁画制作を経て、教皇庁の宮廷画家としてアヴィニョンに招かれ、同地で活躍しました。彼の、豊かで優美な様式は、明らかにフランスがゴシック芸術の理想としていたものの完成であったと言われています。
 シモーネ・マルティーニの創り上げた、鋭角的な線と感傷的な渦巻きで形成された光の世界から、七世紀の時を超えて私たちは確かに、マリアの耳に届いたと同じ大天使の声を聴いているのです。 

★★★★★★★
フィレンツェ、 ウフィッツィ美術館 蔵



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