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「十字架降下」

ペーテル・パウル・ルーベンス (1611-14年)

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     <この祭壇画を開いたところ>

 すでに人間としての生命を失ったキリストの身体は象牙色に輝き、早くも死斑が現れているようです。白い布の鮮血と、キリストの遺体をしっかりと支える聖ヨハネの衣の鮮やかな赤が強く、痛ましく心に残ります。

 よく知られたキリスト降架の場面ですが、リューベンスの描く同図は、人々の手から手へ、キリストの身体が渡されていく、流れるような構図を示しています。
 一番下で受けとめるのは、豊かな髪のマグダラのマリアでしょうか。その横でひざまずくのはクロパスのマリア…….聖母マリアの異父姉妹に当たる女性です。そして黒い服を着て手を差し伸べるのは聖母マリアです。青ざめた表情が、その悲惨な心情を痛々しいほどに物語っているようです。しかし、三人の女性たちは、この悲しみの中でも気品ある美しさで描き出されています。
 キリストのねじ曲がった姿は、古代彫刻の「ラオコーン」に基づいていると言われています。キリストの苦痛が伝わり、死せるキリストに、敢えてこのポーズを選んだリューベンスの大胆さと斬新なセンスに驚かされます。降架を助ける人々も抑制された表情ながら、衣服は風をはらみ、一時も静止しない作業の連動がみごとに感じられます。深い悲しみに包まれつつも、静なる躍動に支配された画面となっているのです。

 巨匠リューベンスは、この作品を、アントウェルペン聖堂の火縄銃手組合礼拝堂の祭壇画として描きました。「聖母の聖エリサベツ訪問」、右翼には「キリストの神殿奉献」が描かれているのです。したがって、両翼二作はキリストの生涯の始まり、中央はキリストの死で締めくくられていることになります。
 さらに、実は、祭壇画を閉じると、「聖クリストフォルス」「隠者」が現れます。これらを考え併せると、この祭壇画全体のテーマが”キリストを運ぶ”ことであるのに気付かされます。キリストは死するまで人の手から手へ、そして、背に乗って向こう岸へ、お腹の中にいても聖母の従姉妹のもとへ、いつも旅を続け、人々を介して動き続ける存在であったということなのかもしれません。

 バロックを代表する画家ペーテル・パウル・リューベンス(1573-1640年)は、画家として絶頂期にさしかかったころ、イギリス王の代理人に宛てた手紙で、「絵がいかに大きくとも、題材がいかに多様であろうとも、私に描けないものはない」と書き送っています。何という自信と自負でしょうか。しかも、彼は有言実行の人でした。ヨーロッパ各地の宮廷や教会の求めに応じ、宗教画をはじめ歴史画、肖像画などの大作を次々に生み出していったのです。リューベンスの生涯は、殆ど翳ることのない誇り高いものでした。
 その彼の作品の中でも、この「十字架降下」の描かれたトリプティクは代表的な一作です。中央だけで420×310㎝という大作であり、1630年代までの活動の中心が祭壇画制作にあったリューベンスの旺盛な意欲が隅々にまで生きた、忘れ難い大作なのです。

★★★★★★★
ベルギー、アントウェルペン大聖堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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