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「サムソンとデリラ」

ペーテル・パウル・ルーベンス (1609年)

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 「サムソンとデリラ」の物語は、多くの絵画、オペラ、映画の中に、さまざまな脚色とともにとり上げられてきました。それほど、多くの芸術家、そして民衆の心をとらえ続けてきたテーマなのです。そして、バロックを代表する巨匠リューベンスもまた、例外ではありませんでした。

 サムソンは、旧約聖書の士師(イスラエルの民が苦難に陥ったときに現れる英雄)の一人でした。
 しかし、彼は、英雄と呼ぶにはあまりにも乱暴者で、しかも女好きでした。神から授かった怪力をもってライオンを引き裂き、異教徒であるペリシテ人を何千人も殴り殺したといいます。サムソンの暴れっぷりに手を焼いたイスラエル人たちはホトホト困り果て、とうとう彼は、イスラエル人の手でペリシテ人に引き渡されてしまうのです。ついに彼は、どちらの民族からも厄介者となってしまいました。
 それでも、幸福にもと言うべきか、生来の女好きは変わりません。サムソンは、ペリシテ人の美女デリラに恋をしたのです。ペリシテ人たちは、この好機を見逃しませんでした。彼らは、サムソンの弱点を知るためデリラを買収し、サムソンの怪力がどこからくるものなのかを、サムソン自身の口から聞き出してくれるように頼んだのです。
 デリラは、
「あなたの弱点は何?」
と、三度尋ねます。さすがのサムソンも、二回は嘘を教えます。しかし、愛するデリラの頼みですから、三回目には真実を答えてしまうのです。生まれてこのかた刈られたことのない髪の毛が、彼の力の源であるとペリシテ人に知られてしまう瞬間でした。
 デリラの膝の上でサムソンが正体もなく眠りに就くと、外で待機していたペリシテ人がサムソンの頭髪を切り落としました。サムソンが目覚めたときには既に囚われの身となっており、両目を潰され、ガザの牢獄に投げ込まれてしまうのです。

 当時、最も偉大な画家であり、上流市民の注文を次々にこなして華々しく活躍していたペーテル・パウル・リューベンス(1577-1640年)は、旧約聖書のお話を、まるで歴史上の出来事のように迫真的に力強く描きました。光の効果を十分に生かしたこの画面は、まるで古代彫刻のような立体感で見る者を圧倒します。
 前景で光に照らし出された四人の人物が、この場面での主役です。ミケランジェロも顔負けの筋骨隆々のサムソンは、デリラの膝の上で死んだように眠っています。髪を刈るペリシテ人は、まるで本物の床屋のようですが、さらに驚くのは、ロウソクを掲げる老女です。この場面は、普通に考えれば、このような老女が登場するところではありません。ここでわかるのは、リューベンスが、この作品の舞台を売春宿に設定しているらしいことです。老女は、その種の風俗画には必ず描き込まれる”取り持ち女”なのです。しかし、デリラの真っ赤な衣装は、まるで、これからサムソンが流す血の量を象徴しているようです。
 さらに、四人の背後では、ペリシテの兵士たちが、事の成り行きを見守っています。彼らは、サムソンの目を潰すために待っているのです。兵士の顔は松明に照らし出され、物語の最も劇的な瞬間の緊迫した空気と嵐の前の静けさを、見る者に強く印象づけているようです。こうした背景の上手な使い方も、同時代のレンブラントとともに、リューベンスの抜かりない物語の作り方の特徴です。
 豊麗で華やかな色彩の輝きは、この初期の作品でも十分に発揮されています。さらに、余りにも豊満な女性像も、リューベンスならではの表現です。ルネサンス絵画の優美で理想化された女性に比べ、リューベンスの描く女性たちは、やや度を超すほどの豊かな肉体を持っています。さらに、壮麗で劇的な作風は、ヨーロッパ各地の王侯貴族や聖職者たちに極めて高い評価を得ていました。リューベンスの絵画は、権力と権威の誇示を好んだ時代の趣味にこたえたものだったのです。

 人間の肉体的な力が頭髪に宿っているとする考え方は、原始社会に広く行き渡ったものでした。ルネサンス以降の美術で「サムソンとデリラ」は、”女による男の支配”という新たなテーマの代表となったのです。
 しかし、ここに描かれたエロティシズムにあふれる魅力的なデリラは、なぜか少し悲しそうにも見えます。彼女はまるで聖母のように穏やかな横顔を見せ、子供のように眠るサムソンの背に、そっと手を置いているのです。 

★★★★★★★
ロンドン、ナショナル・ギャラリー 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
       パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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