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「マリアの結婚」

ラファエロ・サンツィオ (1504年)

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 マリアは、将来我が子を神に捧げようと誓った両親の想いもあり、3歳から14歳まで、ほかの乙女たちといっしょに神に奉仕するため、神殿での生活を送りました。神殿の中の毎日は「鳩のように」保護されたもので、日々の食事は天使たちによってもたらされたと言われています。マリアは神に祈り、その徳を学び、他の乙女たちとともに、はたを織り、縫い物をしながら成長していったのです。それは幸せで穏やかな日々だったことでしょう。
 しかし、マリアが14歳を迎えるころ、彼女の人生に大きな転機が訪れます。14歳になった乙女は結婚のために実家に帰らねばならない決まりだったからです。でも、マリアはこれを拒みました。困った祭司長は神意を授かることにします。すると、神様からの答えは、国中の独身者に枝を持参させ、その枝に神のしるしが現れた者がマリアの夫となるべき者である、というものでした。こうして、多くの候補者の中で、大工のヨセフの持参した枝にだけ奇跡の花が咲いた、というわけなのです。

 この作品は、そうした事情を踏まえた場面であり、初々しく美しいマリア、開花した枝を持つヨセフ、そして婚約を取り持つ祭司が中央に描かれています。今の時代では考えられないような理不尽な話にも思えますが、当時は娘が勝手に結婚相手を選べるというわけではありませんでした。しかも神意です。信仰篤いマリアは、もちろん受け入れるわけですが、実のところ、ヨセフはすでに老人と言ってもよい年齢であり、先妻を亡くした身でもありました。そんな自分の境遇を考えると、慎み深いヨセフとしては、14歳の花嫁を迎えることにそうとう尻込みしたのではないかと思われます。
しかし、ラファエロの描くヨセフは若々しく、マリアと並んでも違和感はありません。こんなところにもラファエロのきめの細かい配慮を感じてしまうのです。彼はきっと、このヨセフに起こった夢のような物語を、とても愛していたのではないでしょうか。一方、ヨセフの傍らでは、花婿候補の一人だったとおぼしき人物が、何も変化を起こさなかった枝を悔しまぎれにへし折っています。しかし、そんな仕草さえ優美で踊るようで、この画面の品位をまったく損なうものではありません。すべてが、みごとでため息が出るような美しさなのです。

 ところで、この作品の構成は、ヴァティカノ宮に収められている、ラファエロの師ペルジーノの『ペテロへの鍵の授与』を下敷きにしていることは有名です。しかし、ラファエロはただ単に真似をして終わらせたのではありません。ペルジーノ作品をもっと簡素化し、空間を横長ではなく、非常に美しい円環状に変え、画面に強い集中力を与えているのです。円堂を中心にして、同心円状に拡がる幾何学的、音楽的な律動はこの上なく心地よく、敷石のデザインも人々の配置も、すべてがルネサンス的世界観をもった構成の中に包含されているのです。
 ラファエロの最大の天分は実は空間構成にあったと言われています。そして、この作品がわずか20歳ほどで描かれたことを思うとき、その言葉は本質的に正しいと実感させられます。この、きわめて幾何学的でありながら円やかな空間に身を置いてみたいと感じるのは、決して私一人ではないはずだと思うのです。

★★★★★★★
ミラノ、 ブレラ美術館 蔵



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