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「バーゼル市長ヤコプ・マイヤーの聖母」

ハンス・ホルバイン(子) (1528-29年)

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 ハンス・ホルバインと聞くと、国際的に活躍した肖像画家、といったイメージが浮かびます。殊に、人文学者エラスムスの重厚な肖像画は広く知られていますが、実は、すぐれた宗教画も多く残しているのです。しかし、 1529年、宗教改革運動が激化して聖像破壊が行われたため、ホルバインの初期宗教画の多くも失われたという事情があります。
 ただ、この作品は幸運にも破壊を免れ、ホルバインの代表作の一つとなっています。その美しく、たおやかな聖母を中心とした滑らかな絵肌は、1524年にフランス旅行をした際に触れた、ラファエロの絵画の影響を受けていると言われています。

 聖母の光背の役目をしている天蓋は、大きな貝殻のような形をしています。そして、天上の女王たる聖母は幼いイエスを抱いて、ゆったりと威厳に満ちています。白皙の顔はイタリア・ルネサンス的であり、王冠の繊細な表現は、高度な自然主義の技法を確立したファン・エイクをはじめとする初期ネーデルラントの画家たちの影響を受けているようです。このあたりに、ホルバインの国際的画家たる所以が感じられるのです。
 ホルバインは早くから科学的な遠近法を自在に駆使し、迫真の肖像表現においては他のドイツの画家たちを圧倒する存在でした。しかし、宗教改革の機運の中、次第に注文が減ったことで外国に活路を見出し、イギリスに移住したことで、その絵画はさまざまな影響を反映したものとなっていきます。それは、ドイツ語文化圏での狭い活動をきらった形となり、ドイツ美術の衰退をも意味するものとなったのです。
 聖母の左側にひざまずくのは、この作品の注文主、ヤコプ・マイヤー・ツーム・ハーゼンです。彼は軍の司令官であり、長くバーゼルの市長をつとめた富裕な人物でした。マイヤーは熱心なカトリック教徒で、彼の前に座っているのは、守護聖人たる聖ヤコブと思われます。そして、聖人が支えているのは、幼い洗礼者ヨハネです。ここにヨハネが描かれるのは、イタリアの伝統だったのです。
 作品の向かって右側には、三人の女性がひざまずいています。彼らは、マイヤーの家族です。一番後ろで横顔を見せるのは、マイヤーの最初の妻です。その横にいるのが二番目の妻ドロテアで、一番手前で赤いロザリオを手にしているのが娘のアンナです。彼らは、肖像画の名手ホルバインらしい写実的手法で描き出されていて、理想化された二人の聖人とは対照的です。

 ところで、この作品をよく見ると、聖母の長いマントがマイヤーを優しく守っているのがわかります。これは、中世から人気のあった「慈悲の聖母」という主題なのです。中世の人々は、戦争や病気、特にペストなど、自分たちの身に降りかかる災いから身を守るため、聖母の庇護のもとに置かれることを望みました。聖母の身につけたマントは、古代において庇護の象徴とされていたのです。
 ここで、この表現が使われたのは、おそらくマイヤーの強い要望だったのでしょう。彼はバーゼル市長だったとき、汚職の罪に問われて職を追われました。そして、その8年後、市の正式な宗教としてプロテスタントが採用され、カトリック教徒だったマイヤーは格好な攻撃の的にされてしまったのです。そのため、彼はその激しい信仰心をこの作品で表現し、自らが聖母の庇護のもとにあることを訴えようとしたのかもしれません。

★★★★★★★
ダルムシュタット市、 ダルムシュタット城美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
      高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎世界名画の旅〈4〉ヨーロッパ中・南部編
      朝日新聞社 (1989-07-20出版)
  ◎西洋美術館
      小学館 (1999-12-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
      佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋名画の読み方〈1〉
      パトリック・デ・リンク著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)



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