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「キリスト伝:ユダの接吻」

ジョット (1305-10年ころ)

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      <スクロヴェーニ礼拝堂内観>

 周囲の喧噪と隔絶した空間に立つ二人は、あまりにも対照的です。侵しがたく美しい横顔を見せるキリストに、今まさに接吻しようとするイスカリオテのユダの、唇を突き出した横顔は、どこか人間ではない醜い獣のようにさえ見えてしまいます。
 その一瞬、二人は見つめ合います。この上なく聖なる存在とサタンに魅入られた男が相対した、劇的なフレスコ画です。

 マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四福音書すべてに、この「ユダの裏切り」が記述されています。それぞれに少しずつ表現は異なりますが、大筋に違いはありません。
 銀貨30枚のために、ユダヤの大司祭長と長老たちにキリストを売り渡す決心をしたユダは、ゲッセマネの園において、キリストを指し示す合図として、その頬に接吻したといいます。
 そのとき、周囲を兵士たちの群れが取り囲み、槍や棍棒を掲げてイエス一行に迫りました。右手前で指示をするのは隊長でしょうか。
 使徒のうち、シモンとペテロは剣を持っていたので、それを抜いて大司祭の下僕に斬りかかりました。そのとき、ペテロは下僕の耳を切り落としてしまいます。画面向かって左側に、その様子がはっきりと描かれており、彼の名はマルコスといいました。実はこのあと、キリストがマルコスの耳を治癒するのです。敵も味方もなく、救い主としての務めを果たすキリストの生きざまを示すエピソードとなっているのです。
 この後、弟子たちはキリストを見捨ててその場を逃げ出します。そのことも、イエスはすでに承知しています。すべてを見透すイエスの目は今、恐らく目前のユダではなく、遠く遙かな神の国を見つめているのでしょう。

 この印象的な作品を描いたのは、イタリア中世最大の画家と謳われるジョット・ディ・ボンドーネ(1267-1337年)です。彼は、文学の祖ダンテと並び、イタリア絵画の創始者と讃えられ、ルネサンス・リアリズムの先駆けとも言える絵画世界を築き上げました。
 ジョットの作品が明らかにそれまでの画家と違っているのは、まるで生きているような人物像、自然に即した簡潔で明晰な空間表現、そして、物語の劇的で心理的な解釈でしょう。それは、ジョットの卓越した知性と飽くなき好奇心の賜物だったと言えます。多くの巨匠たちから影響を受け、学びながら、ルネサンスの幕開けにふさわしい力強い人間性の表現をジョットは自らの力で獲得していきました。今も生き生きと迫ってくるこの画面からも、ジョット自身のみずみずしい感性がはっきりと伝わってくるのです。
 ジョットは、繁栄の頂点に達したフィレンツェの経済力を背景に、大規模な工房を経営し、たくさんの弟子を抱えて多くの注文をこなしました。こうした方法もいかにも新しい時代の人気画家らしく、あふれるほどの富と名声を手にしたジョットは、当時の理想の画家として讃えられたのです。生前からここまで恵まれた画家は、西洋画家史上初めてですし、その後もそうは多くないと思われます。

 ところで、このフレスコ画が見られるパドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂は、エンリコ・スクロヴェーニが高利貸しであった父の贖罪のために建設したものと言われてきました。しかし最近では、やはりエンリコ自身の自己顕示のための礼拝堂であろうとの説が一般的です。それでも、非常に小さく、きわめて簡素な構造である点を考えたとき、ジョットの提言が大きくものを言ったのではないかとも想像できます。
 礼拝堂はジョットの壁画で埋め尽くされ、さながらジョット美術館の様相を呈しています。イタリア美術史上、最高の傑作と言われるのも無理からぬところで、三段に分けられた左右の壁面には38の聖書の物語、入り口側の大壁面には「最後の審判」が描かれて完結しています。そこには、礼拝堂の模型を聖母に捧げるエンリコ自身も描かれており、人々は「ジョットによる福音書」とさえ呼んだと言われています。

★★★★★★★
パドヴァ、 スクロヴェーニ礼拝堂 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎ありがとうジョット―イタリア美術への旅
        石鍋真澄 著  吉川弘文館 (1994-05-10出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈1〉聖書編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008/07 出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)



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