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「三美神」

ペーテル・パウル・リューベンス (1639年)

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 優雅と美の擬人化、古来「三美神」は女性の優雅さを三人の裸体像で表現するという点で、不足のない主題でした。最晩年のリューベンスにとっても、三美神は魅力あるテーマだったのでしょう、少しずつパターンを変えながら、数多く描いています。

 ヘシオドス『神統記』によれば、彼女たちの名前はアグライア、エウフロシュネ、タレイアといい、ゼウスと海のニンフとの間にできた娘たちでした。三人は愛の神に仕える、快楽と喜びと宴の神だったのです。ちょうど踊り始める瞬間を描いたためか、三人とも少し右足を引いているのがわかります。彼女たちの楽しげな笑い声が聞こえてきそうな優雅な画面は、さすがにバロック美術を代表する画家リューベンス、一部の隙も見せません。
 ここで画家は、人物を円形に配する伝統を忠実に守っています。「三美神」の典型的な配置は、外側の二人がこちら側を向き、中央の一人が背を向けるというもので、この作品は、まさしくその基本にかなったものと言えるのです。娘たちは互いの腕を持ち、透き通ったフワフワの布でつながっています。
 三人を囲む額縁のような役目をしているのは木の幹と枝、その横に咲く美しい花々、そして水が限りなく流れ出るホルンを持った天使です。さらに、画面の奥には放牧された動物たちが点在するのどかな情景が広がって、幸福な楽園はそのまま、画家が晩年に過ごしたアントウェルペン郊外の風景を思わせるものとなっています。

 ところで、「三美神」というテーマは、女性の裸体が持つ究極の美を描くための便宜上の理由に過ぎなかったとも言えます。当時は、裸を目的として描かれた絵は非難され、禁じられていました。そのために芸術家たちは、神話に名を借りて裸体画を制作したのです。そうすれば、非難の目を免れることができました。写真や雑誌などのない時代ですから、顧客たちからの、こうした絵の注文は途切れることがなかったはずです。厳格で敬虔な人物として知られたフェリペ2世でさえ、個人的に裸体画を多数所有していたといいます。リューベンスは、この絵を生涯手放しませんでしたが、もし売ろうとすれば、買い手が殺到したことは間違いありません。
 しかし、リューベンスの描く裸体の女性たちは、美しいと簡単に表現してしまうには少々抵抗も感じます。ふくよかで、皮膚のたるみ、襞までが非常にリアルに描かれ、どちらかと言えば中年にさしかかった女性の肉体を思わせます。しかし、その薄く血管が透けて見えるようなピンク色、光の当たる部分の照り返しの美しさは夢のように高貴で、リューベンスが生涯の全てをかけて女性美の極致に迫ろうとした成果を読みとることができます。
 画家は、当時の人々が好んだ体型を描いているのです。脂肪もたっぷりついて、丸みのある胸とお尻を持った豊満な女性が好まれていたからです。女性たちは、隣の女性の豊かな身体に触れてその感触を確かめているようで、彼女たちの体温は鑑賞する私たちにもはっきりと伝わってきます。こんな女性たちが現代のファッション誌のモデルさんとして登場するとはちょっと考えられませんが、この幸福な画面を見ていると、リューベンスが本当に楽しみながら描いたことが実感されます。

 ところで、晩年のリューベンスの描く女性たちが、二度目の妻エレーヌ・フルマンに似通っているというのはよく指摘されることです。この作品でも、向かって右側が最初の妻イサベラ・ブラン、左側がエレーヌ・フルマンをモデルにしていると言う人もあれば、三人ともエレーヌの顔をしていると言う人もいます。しかし、彼女と結婚する前からすでにこうした女性の表現はリューベンスの作品に現れていましたし、むしろエレーヌのほうがリューベンスの理想像に近づいていったのだ、という説が最も説得力を持つようです。
 46歳で最初の妻イサベラを亡くしていたリューベンスは、53歳のとき、チャールズ1世からナイトの叙爵を受けた後、近くに住む友人のタピストリー業者ダニエル・フルマンの17歳の末娘エレーヌと再婚しました。彼女は当時、世界で最も美しい女性の一人と言われていたのです。しかも、先妻イサベラの姪でもありましたから、どこか亡き妻の面影があったのかも知れません。老年にさしかかろうとしていたリューベンスにとって、この年若い妻との生活は本当に穏やかで幸福に満ちたものだったようです。
 最晩年の画家の心に再び輝きと、描くことへのみずみずしい喜びを与えたエレーヌは、いわば彼の女神のような存在だったことでしょう。彼女がリューベンスの悲しみを癒し、豊饒な霊感の源となってくれたことは、この三美神のおだやかな笑顔を見ても、十分に伝わってくるのです。

★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001/02出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎西洋絵画の主題物語〈2〉神話編
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-03-05出版) 



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