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「ステーンの城館」

ペーテル・パウル・リューベンス (1635年)

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 このみごとな風景画を、リューベンスはおそらく、自らの楽しみのためにだけ描きました。
 左手中景にあるのは晩年のリューベンスがアントウェルペンから30キロほど南の田園に買い求めた瀟洒な城館で、この作品の表題にもなっているものです。フランドル風の破風屋根を白い煉瓦で縁取ったものらしく、周囲に堀をめぐらした広々としたものだったと言われています。
 いかにも愛情をこめて繊細な輪郭線で描かれたステーンの城館の手前には、畑からの帰り道らしい農民の家族が荷馬車で家路を急ぎ、そのまた前景には猟師と犬が身をひそめて鳥を狙っています。右半分に比べて左半分は影が多いのですが、そこに暮らす人々の息遣いが感じられて、荷馬車に乗った女性の赤い服が風景に溶け込み、猟師が身をひそめているやぶの木の実の赤と静かに呼応して、なぜかとても安らぐのです。
 また、中景から遠景になるにつれて画面の明るさが増していきますが、そのはるか遠方の木々や町のシルエットまで、驚くほど確実に描写されているのです。憩う牛たち、すずやかな川の流れ、そしてもっともっと向こうには教会かと思われる石造りの建物…..これほど見通しの良い深い空間をもった風景画って、あるでしょうか? 木々への細やかで緻密な筆使い、風の流れ、緑の香りまではっきりと感じることのできるこんな風景画を、リューベンスはどれほど心満たされて描いたことかと思います。それほどこのステーンの城館とその周囲の自然や雰囲気を愛していたことが感じられ、彼の満足げな表情が目に浮かぶようです。

 しかし、この時期、リューベンスはひどい痛風に悩まされるようになっていました。そのために、このステーンの城館を買い求め、ここに本拠地を置いた生活を始めたのです。若い妻エレーヌと共に始めた郊外での静かな生活でしたが、それは神様が晩年の彼に至福の時を与えたのではないかという気がしてなりません。注文ではなく、まったくの自分の楽しみのためだけに描かれた、このため息が出るばかりの素晴らしい風景画…なんて贅沢な作品なのだろうとつくづく思わずにはいられません。
 声高で大仰な身振りばかりが目立つ…というイメージが先行してしまうリューベンスですが、こんなに音楽的なみずみずしい諧調を持つ、そしてどこか16世紀的な古風さを秘めた美しい作品をつむぎ出すことのできる画家なのです。

 毎朝4時に起きてミサに出席し、朝食後にはすぐにアトリエに入る生活を続けたリューベンス….優雅で礼儀正しく、堂々とした容貌を持ち、弁舌さわやかで大らかな人柄のリューベンス….そして、ラテン語、イタリア語、フランス語、スペイン語、ドイツ語、ワロン語を自由にあやつり、カトリックがいささかも疑念を抱かない生涯の信仰であったリューベンス….。一見平凡な生活者たる彼のなかの非凡な崇高性は、まさしくリューベンスの絵画の本質そのものだったという気がします。

★★★★★★★
ロンドン ナショナルギャラリー蔵



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