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「黒い正方形の中に」 

ワシリー・カンディンスキー  (1923年)

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 抽象絵画は、連想ゲームのようにして楽しむといいのかも知れません。カンディンスキーの作品などは特に、描かれた対象が実は何なのか、などとヤボなことは考えず、鑑賞する側が自由に、想像の翼を広げて楽しむことで、より生き生きと動きだし、輝きを増すような気がします。カンディンスキー自身も、「単に画家の考えていることだけを伝える絵なんて面白くないし、そこに何が描かれているか、わからないほうがはるかに純粋で美しい」と言っています。

 そこには、彼のちょっとした衝撃体験があったと言います。ある日、スケッチから帰って来たカンディンスキーがアトリエに入ったとたん、信じられないほどに美しい絵が目の中に飛び込んできて驚愕します。いったい、この絵は誰が描いたものだ?….外光に慣れた眼で、突然室内に入ったために起こった錯覚だったかも知れませんが、その、まったく何を描いてあるのかわからないけれど、ただただ明るく輝く斑点だけが異様に印象的な絵に、彼はいっぺんに魅せられてしまいます。しかし、さらによく見ようと近づいて、再び驚いたことには、それは横倒しに置いてあった彼自身の絵だったというのです。でも、カンディンスキーは、ここで、なんだ勘違いか…などと、この出来事をボンヤリとやり過ごしたりしませんでした。彼は、それを一つの啓示と感じたのです。それよりずっと以前にも、彼はモネの『積み藁』という作品を見て、何が描いてあるのかわからなかったという経験をして、非常にショックを受けたことがありました。そのあたりから、画面から極力具体的な対象を除き、純粋に線と色だけを使った絵画が彼の中で意味を持ち始め、純粋に音だけで構成された音楽のような、カンディンスキー独特の世界が生まれていったのです。

 ワシリー・カンディンスキーはモスクワ生まれでしたが、ロシアで最初に開かれた「フランス印象派展」を見て心を動かされ、画家を志してミュンヘンに赴きます。そこで彼を待っていたのは、19世紀後半のアカデミックな歴史主義への反動として起こった美学運動、ユーゲントシュティールの息吹でした。そして、 1911年にマルクらとともに「青騎士(ブラウエ・ライター)」を形成し、そこから画面の非対象化を試みたコンポジションのシリーズを次々と発表していったのです。ちょうどこの作品が描かれた1922-23年には、バウハウスの教授としてクレーらとともに形態理論や色彩理論の講義などもしており、この時期の作品には幾何学的、構成的な様式が顕著に表れていると言われています。

 ところで、この『黒い正方形の中に』という作品は、まさにタイトルのとおり、四角い黒い枠の中に作品が入っています。黒という非感情的な色の中に見る者の心を引き込む効果も感じられますが、その枠が斜めに歪んでいるのも不思議な躍動感であり、また、鑑賞者それぞれの中に、さまざまな感情を喚起させてくれるようです。
 そして、枠の中に描かれた色彩と線の旋律は、一見意味を持たないもののように感じられますが、じつは、右上の丸は太陽、真ん中の大きな丸は車輪、その上に乗った三角は人間、そして左側の生き物のような形は竜….。馬に乗って槍を持った騎士が竜に向かって突進し、竜は仰向けにひっくり返っているところだと言われています。また、左上に見える黄色い三角形の山には虹がかかっているようで、素晴らしい未来を表現したものとも言われています。

 しかし、ここで細かい解説を試み、作品につまらない固定観念を持ってしまうような愚をおかすことは、作者であるカンディンスキーの本意からは離れてしまいそうです。私たちは私たちの眼と心の栄養のために、もっともっと柔軟な発想をもって作品に向き合うべきなのでしょう。   

★★★★★★★
ニューヨーク、 グッゲンハイム美術館 蔵



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