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「魔術師をよみがえらせる聖シルウェステル」

マーゾ・ディ・バンコ (1336-39年ごろ)

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 シルウェステル1世(在位:314-335年)は、歴代教皇の中でも8番目の在位記録を持つローマ教皇でした。歴史的には、時の皇帝コンスタンティヌス1世に洗礼を施したとされ、多くの絵画の主題ともなっています。

 この作品のテーマは、13世紀、数々の伝説を集めた『黄金伝説』第12章からとられたものです。
 洞窟の奥深くに棲むドラゴンは、猛毒の息を吐くことで恐れられていました。あるとき疫病がはやり、そのドラゴンを崇めれば病にはかからないとうそぶく神官が現れます。それを聞いて、シルウェステルは許すことができませんでした。
 そこで彼は、その神官を連れて洞窟に向かいました。ドラゴンの姿を見て、神官は震え出したといいます。しかし、シルウェステルは一心に神に祈りを捧げ続けたのです。すると聖ペテロが降臨し、「ドラゴンの口をリボンで縛り、洞窟の入り口を十字架の印の入った印章で封印せよ」と告げたといいます。シルウェステルがその言葉どおりにするとドラゴンは封印され、疫病もおさまったのです。
 この場面は、聖人がドラゴンの毒のために死にかけた二人の魔術師を蘇らせている場面です。「ラザロの蘇生」を思い起こさせます。シルウェステルは画面中央に立ち、教皇服姿で描かれています。司教冠を被り、白い豊かな髭を有しているのも特徴的です。しかし実は、彼の背後で毒を吐くドラゴンの口を押さえつけているのもまたシルウェステルであり、この作品が異時同図であることがわかります。狂暴なドラゴンの割には何だか可愛らしい印象を受けるのも、ご愛嬌というところでしょうか。
 こうした異教の神の存在は、これが4世紀ごろのお話であることを思うと納得することができます。神官はローマ神話の神々の神官だったのでしょう。当時は、貧しい人々がキリスト教を、貴族たちが神々を崇拝していました。

 ところで、この明晰な画面を実現したのは、14世紀、フィレンツェで活躍した画家、マーゾ・ディ・バンコ(1320年ごろ~1346年ごろ活動)です。彼は、イタリア中世最大の画家ジョットの弟子の一人であり、その中でも最も才能に恵まれた画家でした。
 ジョット風の作品を制作したという意味の「ジョッテスキ」を体現するような作風であることは一見してわかりますが、彼の大きな特徴は、この美しく確固とした空間表現であったと思われます。単純な建物の背景が印象的であり、堂々とした人物表現、デリケートでセンスのよい色彩、独特の抒情性がみごとな調和を見せています。
 生没年が明らかではありませんが、1348年のペストの流行のさなか、世を去ったと言われています。ジョット晩年の弟子であり、師の特徴をよく踏襲しながらも、どこかパステルを思わせる美しい色遣いに、マーゾの飛び抜けた才能を感じてしまうのです。

 ところで、背景の建物の、どこか舞台の書き割り的な単純さ、その後ろの夜を思わせる暗い空が、ふと、形而上絵画の祖、ジョルジョ・デ・キリコの作品を思い起こさせます。時を超越したこの感性に、マーゾ・デ・バンコの明晰な知性を思わずにはいられません。

★★★★★★★
フィレンツェ、 サンタ・クローチェ聖堂 バルディ・ディ・ヴェルニオ礼拝堂 蔵

<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社(1989-06出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ編、宮下規久朗訳  日本経済新聞社 (2001-02出版)
  ◎ルネサンス美術館
       石鍋真澄著  小学館(2008-07 出版)



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