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「食用アザミのある静物」

フアン・サンチェス・コターン(1603-04年)

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 ここに登場するあらゆる物たちの位置があと1ミリでもずれていれば、絶妙な均衡は壊れてしまうに違いありません。恐ろしいほどの静謐。しかし、何という美しさ、清らかさなのでしょう。このような絵画を単に厨房画と評して済ませてしまうなど本当にもったいないことです。また、この奥深い作品を生涯知らずに終わってしまうのは更にもったいないことに思われるのです。
 とても印象的な姿で描き出された食用アザミは、作者のサンチェス・コターンが好んだモティーフであり、彼の静物画にはしばしば登場します。意思を持つがごとく反り返った食用アザミの表面にはとげのような繊維が無数に並び、コターンはその一本一本を丹念に描写しています。この揺るぎない写実が、コターンという画家そのものを表しているかのようです。

 フアン・サンチェス・コターン(1560-1627)はスペイン静物画の創始者と言われています。トレド近郊のオルガスで生まれ、若いころはトレドの上流階級の後援を受けて、主に堂々たる人体表現や鋭い明暗法を特徴とする宗教画を手がけていました。それは同時代のスペイン画家に共通したことでしたが、一方、残されている静物画はほんの5~6点に過ぎないのです。
 それでもスペイン静物画の創始者とうたわれる所以は、やはりこの克明な質感の表現とあまりに斬新な空間表現のためだったと思われます。画面に大きく切り取られた窓の奥は漆黒の闇、そして窓枠の上には野菜や果物、さらには死んだ鳥が吊されることもありました。本作はその中でも際立ってシンプルであり、完成度の高い見事な一作と言われています。

 サンチェス・コターンの人生の転機は1603年8月のことでした。40代を迎えた彼は俗世を捨てる決意を固め、工房を畳んで厳格な沈黙が守られるカルトゥジオ会修道院の修道士となったのです。修道士であり、画家であるという例は古くから珍しくありませんが、コターンもまたその例に漏れることなく制作を続けています。
 この作品は、まさしく修道院に入ったと同じ年に描かれたものです。写実的であり、神秘主義的なコターンの世界はその内面性も相まって、まさに頂点を極めた感があります。修道士となってからも数多くの宗教画の大作を制作していますが、彼の名があまねく愛されたのは、静物画家コターンとしての仕事によるものでした。そして、そのおかげで聖人としても尊敬を受ける存在となったのです。

 ボデコン(厨房画)は庶民の台所の光景を描いたものであり、本来は親しみやすい風俗画という位置づけです。しかし、光の扱いに繊細な神経を見せるコターンのボデコンは、この定義からは遠いものだったと言えます。
 修道士たちの日々の糧となる粗末な野菜たちもコターンの手にかかると、まるで天から放たれたようなまぶしい一筋の光のもと、神々しいほどの存在感をもって立ち現れるのです。

★★★★★★★
スペイン、 グラナダ美術館 蔵

<このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社(1989-06出版)
  ◎バロック1 世界美術大全集 西洋編16
       神吉敬三, 若桑みどり 編集 小学館 (1994-05出版)



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