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「錫の皿とナイフとパンとサラミとくるみとグラスと赤ワイン差しのある静物」

ジャコモ・チェルーティ  (1750-60年)

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 あまりに見事な写実に、思わずこれは17世紀オランダの静物画家の手になる作品ではないかと思ってしまいます。17世紀のオランダでは都市の繁栄の中で、精緻な描写や輝く色彩によって陶磁器や珍しい南国の果物などを画面に再現することが流行していました。それは、この世の富を顕示するような豪華な品々であふれたものでした。
 ところが、ここに描かれているのはまさに日用品であり、非常に質素な食卓です。食べかけのパンの固い食感からも、ありのままの現実が実感されるようです。しかし、グラスとワイン差しに当たる光の微妙なニュアンスの違い、そして錫の皿の鈍い輝きに、この画家の並々ならぬ力量を見てとることができそうです。

 作者のジャコモ・チェルーティ(1698-1767年)はミラノに生まれましたが、主にブレーシャで活躍した画家でした。彼は祭壇画や宗教画も描いたのですが、どちらかといえば肖像画やこうした静物画、そして貧しい人々を描くことに力を発揮したという意味で特筆すべきかもしれません。チェルーティ以前にも、市井の人々を描くように聖なる人々を描いたカラヴァッジオのような画家はいました。しかし、貧者のもつ尊厳を感動を込めて描いたのはチェルーティが初めてだったのではないでしょうか。
 チェルーティは「ピトケット」と呼ばれました。それは、「ピトッキ」という貧者を示す言葉から来たあだ名でした。18世紀の半ば、お針子や皿洗いの女性、ご用聞きの少年、浮浪者や貧者を人間性豊かに描き、彼らの魂をも愛おしむように追い求めた画家の功績はあまりにも大きいものでした。
 彼の名は、現在ではほとんど知られていません。しかし、ジャンバッティスタ・ピエトロやカナレットが活躍し、啓蒙主義が非常な勢いで知的発展を遂げ、ヴェネツィアが1000年続いた独立の最後の光芒を放っていた時代、一方でイタリアの社会経済の展望は暗く、地方的水準にまで落ち込んでいました。そうした背景の中で、光の当たらない場所に生きる人々の生活をくみ上げた唯一の画家がチェルーティだったのです。

 質素な事物、現実のありのままを描きながら、ここには慎ましい光が満ち、それは神々しいものとして見る者の心をとらえます。チェルーティの「ピトッキ」の絵からは、祈りにも似た画家の真摯な眼差しが伝わってきます。

★★★★★★★
個人蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎イタリア絵画
       ステファノ・ズッフィ、宮下規久朗編  日本経済新聞社 (2001-02出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)
  ◎西洋美術史
       高階秀爾監修  美術出版社 (2002-12-10出版)



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