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「聖母子と天使たち」(「ムランの二連祭壇画」より)

ジャン・フーケ (1451年)

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  <この祭壇画の左翼部「エティエンヌ・シュヴァリエと聖ステファノ」>

 きれいな球形の胸を持った聖母は、天上の女王として華麗な玉座に就いています。房の一本一本まで精緻に描かれた玉座のみごとさには、聖母マリアも気後れしてしまうのではないかと心配になるほどです。しかし、彼女は堂々としていて優雅そのものです。秀でた額からは何ものにも臆さぬ高貴さが漂います。そして、その膝に抱かれたイエスは、まるまると健康そうで、その指は、この祭壇画の左翼のほうを差しています。
 ムラン祭壇画の左翼には聖ステファノを伴った寄進者で、フランス王室の財務長官だったエティエンヌ・シュヴァリエが描かれています。エティエンヌはステファノのフランス語読みですから、守護聖人を通じて聖母子に祈りを捧げているのでしょう。エティエンヌは、少し前に亡くなった妻カトリーヌ・ビュデのために、この祭壇画を注文しました。
 聖母子を前に、やや緊張するエティエンヌを励ますように、聖ステファノはその肩にそっと手を掛けています。彼が聖ステファノであることは、岩石を手にしていることからわかります。聖ステファノは、石打ちの刑で殉教した最初の聖人だったからです。

 ところで、この陶器で造られたような聖母は、フランス・ヴァロア朝の第5代国王、シャルル7世の愛妾アニエス・ソレル(1421-1450年)の肖像と言われています。彼女は ずば抜けた美貌と知性で知られ、宮廷に強い影響力を振るった女性でした。ゆえに敵も多く、砒素によって29歳のとき、毒殺されたと言われています。「美しきアニエス」とうたわれ、それまで男性にのみ使用されていたダイヤモンドを、女性として初めて身につけたことでも知られています。この作品の2年前に亡くなっていますから、死してなお、その輝きは人々の記憶に鮮明だったということなのかもしれません。
 ただ、エティエンヌの亡くなった妻カトリーヌ自身の肖像だとの説もあり、さらには、裏面の銘文によって、アニエス・ソレル自身が遺言によってムランの聖堂に捧げたものとの説もあり、だとすればやはり、ソレル自身がモデルかとも考えられるのです。
 どちらにしても、当時の流行の先端を行く洗練された服装や、真珠、瑪瑙をはじめとする宝石類で装飾された王冠などから、高貴な女性であることは十分にうかがえます。

 興味深いのは、聖母子の描かれた右翼が、青、赤のケルビム、セラピムと呼ばれる天使を背景にして古風な構成であるのに対し、左翼はイタリア・ルネサンス時代の宮殿のようで、大理石ばりの室内は非常に写実的で、正確な遠近法で描き出されていることです。右翼の幻想性とは対照的な表現といえます。
 これは、肖像画、宗教画などの板絵画家であると同時に写本装飾家でもあったジャン・フーケ(1415/20-81年)の、幅広い活動の成果を感じさせます。また、フランドルの写実的様式、イタリア・ルネサンスの空間表現をフランス絵画特有の幾何学的表現に合体させた、革新的なフーケらしい画面とも言えるようです。

 ところで、聖母はなぜ胸を露わにしているのでしょう。この表現は「オステンタティオ」と呼ばれ、全人類の乳母であり、神とのとりなし役である聖母の役割を暗示したものなのです。
 ただ、彼女の乳房は、明らかに不正確な位置にあります。まるで、脇の下にポッコリと付いているかのようです。しかし、これは当時の理想的な胸の位置、形だったのです。そんな非現実的な表現が、この作品の不思議な雰囲気をさらに強めているのでしょう。
 そして、幼な子イエスがエティエンヌを差している指には影があります。光が上から当たっているためです。この光の存在がまた、この絵を神々しいものにしています。それは、天上からの光だからです。
 そんな、あり得ない光の中、天使たちは玉座そのものを上へ上へと運んでいるように見えます。彼らは聖母とともに、死者の魂を天国へ送り届ける役目を担っているのです。

★★★★★★★
アントウェルペン王立美術館蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
        小学館 (1999-12-10出版)
  ◎パリで出会う名画50―ショトル・ミュージアム
        小学館 (1996-06-10出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版) 



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