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「聖三位一体」

マザッチオ (1426-28年ころ)

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 神は1つの本質であり、しかも父なる神、子なるキリスト、そしてしばしば鳩によって象徴的に表される聖霊の3つの位格からなる、という教義…..これは、
「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます」
という『マタイ福音書』(28:18~20)の記述を典拠とすると言われています。

 初期のキリスト教美術では、三位一体の第1の位格を目に見えない不可知の存在としておくことが大切だったためか、父なる神は、眼や雲から突き出た手といった象徴的な形で描かれていました。それがやがて、12世紀フランス、北イタリアあたりから、ここに見られるような典型的な聖三位一体の図が描かれるようになり、ルネサンス以降はこの姿が一般的となりました。そこに表された父なる神は、族長のようないでたちで、長い髭の老人として描かれ、十字架上のキリストの後方のやや高い所に立って、十字架の横木の両端を手にしています。そして、聖霊の鳩はキリストのすぐ頭上にはばたき、ここにまさに「父と子と聖霊」の聖三位一体が見る者に迫力をもって迫ってくるのです。

 数ある聖三位一体の図の中でもこの作品は、ヴァザーリが「壁をくりぬいたようだ」と絶賛した、ルネサンスの幕開けを示す等身大の大壁画なのです。当時、これを見た人たちは、それまで高く遠い存在だった神が、天上から降りてきて、我々の目の前にその姿を現された…..そんな錯覚をおぼえたのではないかと思います。それほどまでに、この教会の聖堂を飾る大壁画は、建物内部の正確な距離感覚、ものの大きさの比例が整然と整い、みごとな奥行きと空間表現を実現させているのです。

 人間が世界の中心となって、秩序と調和に満ちた美しい世界を作りあげ、数多くの発見や発明がなされたルネサンスにおいて、美術の世界で最も重要な出来事は、遠近法の発見であったと言われています。このマザッチオの代表作『聖三位一体』は、その線遠近法によって描かれたはじめての絵画と言われ、 667×317㎝という大作でした。ルネサンス以前にも、さまざまな遠近法は試みられていましたが、それはかなりいい加減なものだったようです。遠くのものが一定の比率をもって小さくなっていくことに、それまではまだ、人々は正確に気づいていなかったようです。
 それに初めて気づいた人物が、15世紀はじめのフィレンツェで活躍した彫刻家フィリッポ・ブルネレスキであり、彼はルネサンス建築の創始者でもありました。彼が、「消失点」の発見者と言われています。消失点とは、建物の四隅の線が奥に向かって延び、最後には線が交わって点になってしまう…あの部分のことをいいます。西洋絵画史において、建築空間の表現に科学的な遠近法を正しく適用した最初の壁画『聖三位一体』の制作には、このブルネレスキの協力があったと言われおり、主役と脇役をバランスよく配置した調和のとれた世界は、現在でも西洋絵画の基本と言われています。そして、そのモニュメンタルで彫刻的な人物表現が、15世紀フィレンツェの画家たちに与えた影響は、おそらく決定的なものだったとおもわれます。

 ところで、この壁画の注文主は、画中に夫妻の寄進者の姿で描かれているフィレンツェに住むドメニコ・レンツィでしたが、壁画じたいは1568年に祭壇新設のために一旦塗り潰されてしまっていました。それが、1861年になって再発見され、20世紀に入ってから現在の場所に戻されたと言われています。その際、祭壇の基台の壁面から石棺に横たわる骸骨の絵も発見されました。聖三位一体の下方左右には聖母と福音書記者ヨハネ、そしてもう一つ下の段にその寄進者夫妻の姿が秩序正しく配置されて、簡潔で調和のとれた美しい世界が実現されています。それはまさに、遠近法という一種のトリックから生まれたルネサンスの、合理的な理想世界なのです。  

★★★★★★★
フィレンツェ、 サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂 蔵



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