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「聖三位一体」

アンドレイ・ルブリョフ  (1408-27年ころ)

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 優しい表情の三人の人物は天使たち…。ユダヤの族長アブラハムのもとを訪れたところです。この「三」という数字は、父(神)と子(キリスト)と聖霊の聖三位一体を象徴しているのです。
 この作品は、ザゴルスク(現在のセルギーエフ・パサート)のトロイツキー・セルギエヴァ大修道院の開祖、聖セールギーを称えて描かれたものとみられ、同修道院内のトロイツキー聖堂に飾られていました。残念ながら、制作年については、トロイツキー聖堂が二度にわたって再建されたこともあり、正確なところは特定できていません。しかし、ロシア最大の画家アンドレイ・ルブリョフの手になるこの美しいイコンの世界を現代の私たちも共有できるということは、奇蹟のような幸福におもえます。

 ビザンティン美術を知るために、もっとも重要な概念はイコン(聖像)だと言われています。人間を超えた聖なる存在、絶対の存在たる神は不可視であるとして、美術で表現することはできないと考える神学者が多かった一方で、イコン信仰はキリスト教世界に急激に広まっていきました。文字の読めない信徒にとって、キリストやマリアの姿を具体的に目の前に見ることができるということは、やはり強い信仰の支えとなったのです。
 そしてロシアは、ビザンティン帝国から多くのものを得ましたが、とくに宗教と美術はセットになって輸入されたのです。ビザンティン帝国の積極的な布教政策によって、ロシアは国をあげてキリスト教化していき、ビザンティンのイコン、写本、工芸品が大量にロシアにもたらされたのです。やがて1453年のコンスタンティノポリス陥落以後、モスクワは第二のローマ帝国であったビザンティンを継ぐものとして、自ら「第三のローマ」をさえ名乗るようになります。そんな時代に活躍したのがルブリョフでした。
 しかし、ルブリョフについては、トロイツキー・セルギエヴァの修道士であったこと以外には、その生涯および作品について、あまり詳しく知られていません。多くの大聖堂の壁画やイコンを手がけたことはわかっているのですが、今までのところ、どの作品がルブリョフの手になるものかは判別不可能と言われています。

 そんな中で、この『聖三位一体』は、彼の代表作とされています。それまでのイコンの超然とした侵しがたい雰囲気とは違い、この作品から流れてくる暖かく微笑ましい空気には、なにかとても特別な、ちょっと秘密めいたものさえ感じてしまいます。パステルカラーを思わせる中間色、黄緑、黄色、オレンジ色、茶色などが多用された、夢のように甘やかな、それでいて心が澄み渡るような静謐な画面からは、私たちが心のどこかでずっと求めてきた非常に理想的な精神の有り様とでも表現すべきものが感得されるような気がするのです。
 天使たちの身体と椅子、そして足元の台はまろやかな円形をなし、テーブルの上の杯にはキリストの犠牲が表現されています。円や三角形の構図は神の摂理を表すものとされていたのです。そして、人物の頭部が小さく、極端ななで肩の表現も、この頃の特徴的なものでした。しかし、けしてドラマティックな演出のない、薄塗りの爽やかな画面には心なごむ詩情があふれ、ルブリョフの中では、すでに伝統的なビザンティン美術を脱した夢のような世界が展開しつつあったのかも知れません。

★★★★★★★
モスクワ、 トレチャコフ美術館 蔵



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