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「狩りをするディアナ」

フォンテーヌブロー派 (1550-60年ごろ)

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 猟犬を従え、これから狩りに出ようとする女神ディアナです。オリュンポス十二神の一人で、気難しく逞しい擬人像として描かれることの多いキャラクターです。月の女神ルナと同一視されることもあるため、凱旋車に乗り、三日月を額に飾って描かれることもあります。
 ただ、ここでは、フォンテーヌブロー派の手になるディアナですから、ほぼ裸体で表現されているのが特徴的です。こんな格好で狩りをするなどあり得ません。こうした不自然な裸体表現がいかにもフォンテーヌブロー派だと言えます。さらに、肖像画と裸体画を兼ねている点もこの時期の特徴です。

 ディアナのモデルは、フランス王フランソワ1世の寵姫ディアーヌ・ド・ポワティエと言われており、これはほぼ間違いのないことです。やや切れ長の美しい目を持った彼女は、女神ディアナになぞらえて幾度も描かれました。ディアーヌという名前からディアナが連想されたからでしょう。
 ディアーヌ・ド・ポワティエは1499年、フランス南東部ドーフィネの名門貴族の生まれです。15歳のとき、40歳近く年上の大貴族ブレゼ伯爵と結婚しますが、夫の死後、30代初めで未亡人となってしまいます。彼女は夫の死を悲しみ、残りの一生を喪服で過ごしたといいます。ブレゼはすばらしい人格者であったようです。
 しかし、彼女は一方、フランソワ1世とアンリ2世の親子二代のフランス王の時代に宮廷に出入りした才色兼備の女性として知られています。殊に、アンリ2世の愛妾であったことは人々にスキャンダラスな話題を提供し続けたようで、「ルネサンスの不道徳」とまで言われています。それはディアーヌが19歳も年下のアンリ2世を籠絡し、20年以上もその関係を続けたから、という理由だったようです。しかし実際は、みずからの結婚式の最中にも花嫁ではなくディアーヌばかり見ていたと言われるアンリ2世の思慕に、ディアーヌがこたえたというのが本当のところのようです。
 アンリ2世の妃となったカトリーヌ・ド・メディシスも、どんなにか気をもんだことでしょう。何しろ、カトリーヌとの婚姻をアンリに勧めたのも、嫁いだカトリーヌの面倒を何くれとなく見てくれたのも、ほかならぬディアーヌだったのですから。ディアーヌの底知れない深い思惑が感じられます。しかし、アンリ2世が騎馬試合の最中に不慮の死をとげると、カトリーヌによって住まいであったシュノンソー城を追われることとなります。
 ディアーヌはその後ひっそりと暮らし、66歳で亡くなります。しかし、その美貌は最後まで衰えを見せなかったと伝えられています。

 フォンテーヌブロー派というのは、パリから南東へ約50㎞のトル=ド=フランス地方の森の中に建てられたフォンテーヌブロー宮殿の装飾を中心に活躍した、イタリア人とフランス人の美術家集団を指した言葉です。この地を新しいローマにしたいという国王フランソワ1世の願いから招聘された芸術家たちでした。
 城館の装飾が始まったころ、イタリアでは既にルネサンスの頂点は過ぎていました。イタリアは政治的混迷を深め、1527年にはローマ却掠が起こるなど、暗い時代に入っていました。この事件はローマ掠奪とも呼ばれ、神聖ローマ皇帝でありスペイン王でもあるカール5世の軍勢がイタリアに侵攻し、教皇領のローマで殺戮、破壊、強奪の限りを尽くした凄惨な事件です。そんな時代の不安は、反自然主義的なマニエリスム芸術を生み、その新しい様式はフランスにももたらされたのです。
 フォンテーヌブロー派に特徴的な、どこか現実とも夢ともつかぬような、ある意味不自然極まりない裸体表現も、そうした時代の流れに即したものだったと言えるようです。

 ところで、ここに描かれた狩りの女神ディアナもまた、肖像と理想化された世界が融合した作品です。ただ、彼女は逞しい背中を持ち、美しい顔とは不釣り合いに中性的で、知性的でもあります。ディアーヌ・ド・ポワティエは単に男心を惑わす美女というより、ここに見られるような凛としたたたずまいの女性だったのかもしれません。
 逸名の画家の手になるこの作品が、その来歴が不明でありながら愛され続けている理由は、そのあたりにあるのかもしれません。

★★★★★★★
パリ、 ルーブル美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
      高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎フランス絵画史―ルネッサンスから世紀末まで
      高階秀爾著  講談社 (1990-04-10出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也訳  講談社 (1989-06出版)



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