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「死の島」

アーノルド・ベックリン (1880年)

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 ずっと解釈に苦しんできた作品です。そして、今でも悩み続けているのですが、ぜひ一度、ここにとり上げたいという欲求に抗し切れず、さらに、名作には余計な解釈など本当は無意味なのだと信じて、ご紹介することにしました。

 ほとんど波の立たない静かな海面に屹立する岩山と、墓地を暗示する黒い塊のような糸杉が、ここが特別に神聖な場所であることを物語ります。実際、ベックリンはこの作品を「静かな島」、「墓の島」と呼んでいたようです。
 実は、この作品は画家の最も知られた作品であると同時に、全部で五つのバージョンがある連作のうちの第一作でもあります。銅版画家のマックス・クリンガーや画家フェルディナント・ケラー、そしてロシアの作曲家ラフマニノフにも強い影響を与え、交響詩「死の島」はまさに、この作品からのイマジネーションを如実に感じさせるものとして知られています。
 1880年から1886年にかけて作品が描かれた順番に並べてみると、メトロポリタン美術館ベルリン国立絵画館ライプツィヒ美術館ということになり、もう一作は第二次世界大戦中に所在不明となって現在に至っています。これは、銅版画と思われる白黒の写真が残っており、わずかに全体の雰囲気を感じ取ることができます。
 面白いことに、行方不明の作品を除いた4点を順を追って見ていくと、小舟が少しずつ島に近づいているように見えます。そして、最後には、舟に立つ白い人物が深々とお辞儀をしているのがわかります。白装束の人物は、死の島へ死者の魂を運ぶ役目を担っているのかもしれません。だとすると、漕ぎ手は渡し守のカロンでしょうか。それにしては、あまりにも秘やかな存在です。

 ところで、この小舟はいったい、島に向かって進んでいるのでしょうか。それとも、島から離れようとしているのでしょうか。
 実は、筆者は長いあいだ、島に向けて進んでいるものとばかり解釈していました。ところが、ふとよく考えてみると、ボートを漕ぐとき、漕ぎ手は後ろ向きになります。とすると、どう見てもこの小舟は、今まさに島を後にしようとしていることになります。白い人物は島に別れを告げるため、名残を惜しんで振り向いていることになります。
 白い人物が魂を運ぶ存在だとしても、舟に白い柩らしきものが乗せられている点から、行きか帰りかでは、その意味に大きな違いがあるように思えるのです。ただ、もしかすると、この作品はあまり細かいことは考えず、もっと感覚的に、見たままのイメージを大切に鑑賞するべきなのかもしれません。

 作者のアーノルド・ベックリン(1827-1901年)は、スイス、バーゼル出身の代表的な象徴主義の画家でした。風景画家として出発しますが、ヨーロッパ各地を旅するうち、イタリアで見出した古典主義美術と強く明るい南国の風景が、その後の彼の画風を決定づけたようです。風景の中に現れる神話的人物、伝説上の生物といったものが象徴的に描かれるようになり、それらは時には恐ろしいほどの幻想性を持ち、のちのシュルレアリスムや形而上絵画の先駆であるとも言われています。
 しかし、ベックリンの魅力は、そのインテリジェンスにこそあったように思います。彼は、絵画のみならず、古代ローマ美術、音楽、文学など、多方面に深い造詣を有していました。新しい風景画という意味では、ドイツ・ロマン主義のフリードリヒのような、非現実的でモニュメンタルな風景画へと進む道もありました。しかし、ベックリンは、ある意味非常に独自で孤独な、静謐で内的な道を選び取ったのです。

 「死の島」のイメージは、ヴェネツィアのサン・ミケーレ島にある共同墓地の側面部分、そして、画家の11人の子の一人、幼くして亡くなったマリアが眠るフィレンツェのイギリス式共同墓地の特徴から、想を得たものと言われています。垂直にそびえる圧倒的な糸杉と暗い海は、一見、すべての終わりを連想させます。しかし、白い経帷子をまとい、どこかキリストを思わせる人物が紡ぎ出す時空を超えた神秘的な光景は、そこに確かに、ひっそりと息づく内的生命の胎動を伝えているようでもあるのです。

★★★★★★★
スイス、 バーゼル美術館 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎西洋美術史(カラー版)
       高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋名画の読み方〈2〉
       ジョン・トンプソン著、神原正明監修、内藤憲吾訳  (大阪)創元社 (2007-06-10出版)
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)

 



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