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「岐路に立つヘラクレス」

アンニーバレ・カラッチ (1596年)

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 英雄ヘラクレスが岩の上にドッカと座り込み、「美徳」と「悪徳」を擬人化した二人の立ち姿の女性の間で、どちらに従うべきか迷っています。
 私たちの長い人生の間には、何度かこのように思い悩むことがあるものですが、ギリシア神話の英雄であり、肉体的な力と勇気の権化たるヘラクレスにおいてさえ、こうしたことがあるのか….と、ちょっと嬉しいような、胸をなで下ろしたくなるような図ではあります。この教訓的な寓話は、ソクラテスとプラトンの友人だったギリシアのソフィスト、プロディコスの創作であり、ルネサンス、そしてバロックの美術においては、広く人気を博した図像でもありました。

 画面向かって左側の女性は「美徳」の象徴です。彼女が指さす方向には岩だらけの狭い道が続いていますが、これを頑張って登れば、名声を象徴する有翼のペガサスが待っているのです。画面のはるか左上に小さくペガサスが描かれ、こちらを見ているのがわかります。そして、「美徳」の足元には月桂冠の冠を戴き書物を持った、ヘラクレスの偉業を記す詩人の姿も描き込まれているのです。
 一方、画面右側の薄い衣を身にまとった女性は「悪徳」の象徴とされています。彼女の示す道はなだらかで、その先は陽の当たる牧場に至り、池では裸の男女が遊び戯れているということになっています。そして、彼女の足元に置かれた仮面は欺瞞、淫欲の象徴。楽器もまた地上的な快楽の象徴なのです。
 ヘラクレスは少し迷っているように見えます。でも、この後、彼は正しい道….すなわち「美徳」の指し示す道を選ぶのです。「ヘラクレスの選択」とも呼ばれるこのテーマは、王子や高貴な家柄の子弟の肖像がヘラクレスに見立てられて描かれることもあり、非常に親しみやすい主題でもあったのです。

 この作品は、本来はローマにあるパラッツォ・ファルネーゼのカメリーノ(書斎)の天井中央に飾られていたものであり、ここは枢機卿オドアルド・ファルネーゼの書斎であったところです。天井画のなかで、この作品だけが画布に油彩で描かれて天井に嵌め込まれていたのですが、現在はこの作品のコピーが配されています。
 作者アンニーバレ・カラッチは、17世紀ボローニャ派の巨匠中の巨匠です。従兄のルドヴィーコ、実兄のアゴスティーノとともに、16世紀のボローニャにおいて、それまでのマニエリスムにかわる、自然に即した新しい表現を模索した画家でした。カラッチ一族のなかでも、最も才能に溢れており、その様式は絶えず発展を続けていました。96年にローマに出て、ファルネーゼ枢機卿に仕えて活動し、97年から制作したこのファルネーゼ邸館の天井装飾画は、17世紀ローマで発達した、いわゆるバロック天井画の先駆けともなったと言われています。

 17世紀ローマの古典主義美学の基礎を築いた画家として高く評価されたアンニーバレは、宗教画、風景画、グランド・マナー(大様式)によるフレスコ装飾や絵物語など、すべての分野で次代の画家たちに大きな影響を与えました。彼の画風は、さまざまな変遷を遂げながらも、いつも明晰で力にあふれ、見る者に不思議なほど元気を与えてくれます。そんなアンニーバレが描いたヘラクレスは、微塵も翳りのない簡潔で明確な表現で、古代オリンピックの選手のように、極めて健康的に描き出されているのです。 

★★★★★★★
ナポリ、 カポディモンテ国立美術館 蔵



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