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「大皿にのった殉教者の首」

オディロン・ルドン (1877年)

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 静かに目を閉じ、永遠の神秘の時を聴く彼は、洗礼者ヨハネ…サロメが欲した「ヨカナーンの首」なのです。それにしても、この陰気で不安な静謐さをどう表現すべきなのでしょうか…。それでも私たちは、この不気味さから目を離すことはできないのです。洗礼者ヨハネの斬首は、象徴主義美術にはとても多いテーマです。しかし、ルドンは斬られた首だけを提示して、「死」の持つ動かしがたい迫力を見せてくれているのです。

 ルドンは、その生涯を通じて、自然の物質界と並んで存在すると思われる目に見えない神秘の世界を表現することに努めた画家でした。象徴主義の運動が始まる以前から、ルドンは象徴主義者であり、見る者に対して想像の世界を喚起し続けていたのです。
 そして、この「黒」の世界は、やはりルドン自身の個人的な、孤独な幼年時代の記憶にそのルーツを求めるのが一番妥当なのだろうと思います。彼は生後二日目に家族から引き離され、幼い日々の大半をフランス、メドック地方にあるペイルルバードの農園で、伯父一家と共に過ごしたのです。ボルドーの北に位置するその土地は、風の吹き荒れる、独特でロマンティックな寂しさを秘めた場所でした。その陰気で寂しい子供時代の記憶は、その後ずっと彼につきまとうこととなるのです。

 やがて、1861年ころ、ルドンは優れた植物学者アルマン・クラヴォーに知己を得ます。クラヴォーは彼の友であり師ともなってくれましたが、彼から得た影響は、その後のルドンの作品、人生を決定づけていくのです。クラヴォーの科学的研究方法はルドン独自の自然解釈の助けとなり、クラヴォーの独創性と広範な知識は、ルドンに哲学、ヒンドゥー教の詩、そして古代ギリシャや西欧の中世美術、インドの美術までも紹介してくれたのです。さらに、クラヴォーは文学的な造詣も深く、そのためルドンはエドガー・アラン・ポー、フローベルといった人々の著作にも親しみ、それらはすべて彼じしんの作品に、この先ずっと深い底流として流れ続けることになるのです。

 1860年から70年代にかけてのルドンは、孤独のままに制作をつづけ、きわめて独創的な木炭画を生み出し続けました。そして、彼独特の「黒」の作品群の持つ不気味なイメージは、たとえその時代を考慮したとしても、奇妙に古風だったかも知れません。しかし、それでありながら、作品から伝わる抗い難い迫力は、彼の駆使した巧みな視覚効果に依るところが非常に大きかったと言えると思います。単色画に限ってみても、線、質感、トーンの効果を熟知し、十分に利用して、作品に独特な神秘性を与えてしまっているのです。ルドンの作品を、古風でありながら時代に先駆けたものとしている要素….それは、彼のみごとなテクニック以外にはなかったのです。

 「私はここに、神秘の世界へと開く小さな扉を用意した」
と書いたルドンは、彼がインスピレーションを求めたロマン派のドラクロワ、また写実主義に抵抗して神話を極めたギュスターヴ・モローともまた異質な、静謐で幻想的な世界を着実に構築していったのです

★★★★★★★
オッテルロー、 国立クレラー=ミュラー美術館 蔵



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