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「大洪水」

パオロ・ウッチェロ (1456年ごろ)

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 ウッチェロは初期ルネサンスにおいて、最も独創的で発想豊かな作品を描いた画家として揺るぎない地位を築いています。彼の画業の偉大さは、遠近法を抜きにしては語れません。彼はどうやら、遠近法が愛おしくてならなかったらしく、その偏愛ぶりは、やや異常なものであったとさえ伝えられます。
 ウッチェロがそれほど愛した遠近法とは、ルネサンス時代になされた多くの発明、発見の中でも、最も重要なものと言われています。カメラのファインダーから覗いたように現実を表現する遠近法は、目と物との距離を数学的に整然と表した、いかにもルネサンスらしい知的な表現方法でした。巧妙に計算された遠近法によって、私たちの目は虚構の空間に誘い込まれてしまうのです。
 パオロ・ウッチェロ(1397-1475年)は、その遠近法の確立と発展の過程において、まさに中心的役割を果たした画家です。そして、1420年以降、このサンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の緑の回廊の、創世記を主題とする装飾によって、フィレンツェ画壇に登場したのです。

 ここに描かれているのは、有名なノアの物語です。面白いのは、画面右と左に二つの箱船が描かれていて、洪水の前と後を表していることです。
 画面左半分は、洪水から逃れようとする人々の絶望的な破局状態です。ハシゴにすがる人、酒樽の中に逃げ込む人、木にぶら下がって難を逃れようとする人など、助けを求める声が聞こえるようです。遠くには稲光や激しい雨が描かれ、地に伏して絶望する人々の様子が痛々しく表現されています。
 一方、右半分では、ノアが箱船から顔を出し、鳩からオリーブの葉を受け取ろうとしています。洪水も終息し、地に平和が戻ってきたのがわかります。ノアの下で祈りを捧げる人物は、1439年の東西宗教会議において東西の歩み寄りに尽力した教皇エウゲニウス4世だと言われています。あまりに多くの犠牲によって、新しい世界が出現したことを感じさせます。
 同じ空間に違う時間を描くという、この大胆な遠近法の使用が、まさにウッチェロなのです。彼はこの作品の中で、自らの遠近法と古典的な裸体表現の習熟を人々に知らしめました。そして、大きく傾いた二つの箱船の効果的な使用によって、画面の奥深くにまで鑑賞者の目と心を引っ張り込む、同時代においては、あまりに斬新な画面を実現しているのです。

 ところで、この作品の中で強く印象に残るのが、特徴的なくすんだ緑色です。この緑色によって、作品のあるドミニコ会の修道院回廊にキオストロ・ヴェルデ(緑の回廊)という名が与えられたといいます。また、1966年にフィレンツェに大洪水がありました。そのときには、この壁画のすぐ下まで、アルノ川の水が押し寄せ、その数奇な符合に人々は驚いたのです。

★★★★★★★
フィレンツェ、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂、キオストロ・ヴェルデ 蔵

 <このコメントを書くにあたって参考にさせていただいた書籍>
  ◎オックスフォ-ド西洋美術事典
       佐々木英也著  講談社 1989/06出版 (1989-06出版)
  ◎ 小鳥の肉体―画家ウッチェルロの架空の伝記
        ジャン‐フィリップ・アントワーヌ著  白水社 (1995-10-25出版)
  ◎西洋美術史(カラー版)
        高階秀爾監修  美術出版社 (1990-05-20出版)
  ◎西洋絵画史WHO’S WHO
        諸川春樹監修  美術出版社 (1997-05-20出版)
  ◎西洋美術館
       小学館 (1999-12-10出版)



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