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「墳墓の三人のマリア」

ジャック・ベランジュ (1620年頃)

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 キリストの復活後、空になった墓を最初に目にしたのは、三人の聖女だったと言われています。それが三人のマリアなのです。ところが、この出来事はすべての福音書に記されていながら、それぞれがどのマリアであったかについて、不思議なことに殆ど一致していません。そんなわけで通例、この主題に関しては、「三人のマリア」または「没薬の聖女たち」という言い方で表現されています。

 キリストが死んで三日目、彼女たちはキリストの遺骸を清めるため、香料や芳香物を持って夜明け前に墓地を訪れました。ところが、墓の入口を塞いでいた石がなくなり、遺骸はなくなっていたのです。墓を見張る番兵たちは眠りこけていました。するとそこに目のさめるような白い衣に身を包んだ天使が現れ、キリストの復活を三人のマリアに告げたのです。
「あなた方が探している人はここにはおられない。キリストはすでに蘇られた。弟子たちのところへ行き、伝えなさい。ガリラヤでお会いできるだろうと」。
聖女たちはあまりの驚きに立ち尽くし、あるいは跪きます。

 本来ならば、聖女たちは没薬の入った壺を手にしていることも多く、質素な慎み深い身なりで表現されるところでしょう。ところが、ベランジュの描く三人のマリアは、まるで宮廷の貴婦人のような優雅さです。墓に腰をかけた天使まで、羽根がなければ天使とは思えない華やかな装いで、アシンメトリーにまとめた髪も、お化粧が施された様子のコケティッシュな顔も、これから舞踏会へ行く途中…..と言われても、まったく不思議ではありません。
 そして、何よりも目を奪われるのは、聖女や天使たちの衣装の、流れるような線の美しさかも知れません。繊細で、丹念で、布地の質感、布地同士が擦れ合う音まで、はっきりと聞こえてくるようです。襞や皺の一本一本まで入念に表現されていますが、そこには、画家自身がこの線の流れに魅せられ、陶酔しているような趣まで伝わってきます。

 作者のジャック・ベランジュは17世紀の一時期、フランスで活躍した画家であり、銅版画家であり、そして装飾家でもありました。彼の持つ独特な雰囲気は、ヨーロッパにおけるマニエリスム芸術の最終段階を飾るものだったのです。ベランジュは、ルネサンスの後期から続いてきたマニエリスムの流れを受け継ぎながら、貴族的な洗練を極め、どこか冷たい、人工的な表現にまで推し進めた芸術家だったのです。
 このエッチング作品に見られる究極の洗練、人間でありながらまるで蝋人形のような聖女マリアという名の貴婦人たちは、パリにおける絵画芸術の頽廃期に、ささやかながら芸術復興を試みた画家の、非常に個人的で神秘的な宗教表現だったのです。  

★★★★★★★
ボストン美術館 蔵



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