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「十字架降下」

ファン・デル・ウェイデン (1464-67年) 

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 十字架から降ろされるキリストの重みをしっかりと支えるヨセフ、あまりの悲しみに気を失う聖母、あわてて手を差し延べる使徒ヨハネ、悲嘆にくれるマグダラのマリア….キリストの死を悲しむ人々の群像が、鮮やかな色彩とともに画面の前景に押し出され、大胆な構図で迫ってくる十字架降下の図です。

 ここはいったい何処なのでしょう。奥行きの非常に浅い建物…神殿の中でしょうか。それともキリスト教会堂の中の、彫像を置くために設けられる壁面の一部をくぼめた龕状の部分…ニッチと言われる場所でしょうか。そうだとすると、人物たちが皆、彩色を施された彫像のように見えるのも、それを意図した作品だと納得できます。

 初期ネーデルラント絵画史における代表的な画家ファン・デル・ウェイデンは、十字架降下の光景を、背景をいっさい必要としない屋内に描いたのです。その大胆な構想と構成は、しかし、悲劇の感情を高めるためには非常に効果的なものだったかも知れません。鑑賞者の注意を前景に集中させることで、この狭い空間の中に10人もの人物がいても、それはひしめき合っているという感覚ではなく、秩序ある間隔を保った群像という印象を見る者に与えます。そして、悲しみに打たれる人々の少し大仰にさえ思える表情や仕草も、彫刻的な人物たちのものであれば、ごく自然に受け入れることができるように思えます。
 ファン・デル・ウェイデンは、宗教感情の表出において優れた表現能力をもった画家でした。情感に訴える彼の絵画の特性は、比較的初期の傑作であるこの『十字架降下』において、すでに完成を見ていると言っていいかも知れません。ウェイデンが目指したものは、ヤン・ファン・エイクの開いた世界…現実を光と色彩で再現するという絵画とは異なり、新しい様式の枠内で、すでに過去のものとなったゴシック的な感動、悲哀を取り戻すことにこそあったのです。

 柔らかな半陰影、鮮やかな色彩…そんなやや目がくらみそうな表現に反して、人物たちの衣装は音を立てそうに鋭く角張って、人物自身の肉付けも精密でありながら非常に堅い印象を与えます。しかし、その線描表現は飽くまでもリズミカルで、見る者の心までも揺り動かすほどの力強さにあふれているのです。たくさんの画家たちの影響を受けながらも、その誰にも傾倒しすぎるということなく、ファン・デル・ウェイデンは、まったく彼独自の絵画世界を創り上げていったのです。
 当時、彼の影響力は大変強く、成熟期には大きな工房とたくさんの助手や弟子をかかえていたようです。そして、その作品は、スペイン、イタリア、フランス、ドイツなど、全ヨーロッパに送られ、殊にアルプス以北の画壇には絶対的な権威を持ち、その死後も多くの画家たちに影響を与え続けました。そこには、心理的に穏やかな表現とは違う、人間の個性、内面性を強く伝えるウェイデン作品の、生き生きとした魅力への憧れがあったからなのではないでしょうか。

★★★★★★★
マドリード、 プラド美術館 蔵



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